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匣、箱、筥の[はこ]尽くし幻想奇譚 「魍魎の匣 百鬼夜行シリーズ #2」 著者:京極夏彦 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:100/100
作品情報
著者 京極夏彦
発売日 1995年1月

短評

 
 はこに関わる怪事件が重なり合う読者の心を鷲掴む綿密な構成に、読み心地に優れる入念な言葉選び。魍魎もうりょうという掴み所のない概念を見事に想起させる語りの巧みさと、作者の美意識が網の目のように作品全体を覆う極上のデザイン小説。その完璧なまでに計算され尽くした読書体験は圧巻の一言。
 
 読み始めると物語世界に引きずり込まれ魍魎の匣に囚われてしまう、小説の表現限界に挑むかのような筆舌に尽くし難い大傑作中の大傑作!
 

匣が匣を呼ぶ匣、匣、匣の匣物語

 
 この小説は太平洋戦争直後の日本を舞台に、古本屋「京極堂」の店主であり、神主かんぬし・陰陽師でもある中禅寺 秋彦ちゅうぜんじ あきひこが探偵役となり、常人では太刀打ちできない複雑怪奇な難事件を解決する百鬼夜行シリーズの2作目です。
 
 1作目の『姑獲鳥うぶめの夏』の一か月後くらいから話が始まり、前作の主要登場人物はほぼそのまま続投し、設定も繋がっているため、前作から読むのが無難です。
 
 今作のストーリーは、まるで匣のような形の奇妙な研究施設が舞台となる人間消失事件、人体の一部が詰め込まれた匣が次々と発見されるという連続匣詰めバラバラ殺人事件御筥おはこという匣を信仰するいかがわしい新興宗教、そして若手の幻想作家が書く匣の魔性に囚われた男が主人公という奇妙な小説の謎が複雑に絡み合っていくという壮大な内容です。
 
 本作最大の特徴はこの匣が接点となる複数の怪事件がキレイに繋がっていくという構成の見事さです。匣で韻を踏むようにそれぞれの事件を時に引き合わせ時に遠ざけつつ、付かず離れずの距離で進行し続ける事件がある時すっと重なる瞬間のスリルは一入ひとしおです。
 
 匣型の建物、千里眼の実験のために用いる匣型の実験装置、各登場人物の心を覆う頑丈な匣、棺・墓石と死を連想させる匣型の物体、シュレディンガーの猫のごとき匣のせいで観測できないたゆたう事象と、小説内のあらゆるものを匣で例え、全てが匣に集約される語りは官能の極みで、その徹底ぶりに心底魅了されました。
 
 最初は怪談のように輪郭が曖昧で掴み所がない話が徐々に像を結んでいく様は、言葉遊びに酔い終始ふわふわする短編の夢心地気分と、ガッチリと筋道を定められ安定している長編の頑丈さを合わせ持っているかのようでもあります。
 
 想像力を掻き立てる文章に刺激され頭の中で匣が無限に増殖していき、自身の生み出した匣に埋没していく倒錯感は小説でないと絶対に味わえず、読書中は終始幸せでした。
 
 途中から匣は小説のメタファーに思えてきて、匣に魅了されて囚われていく登場人物同様にこの小説という匣に囚われていき、自分と匣が一体化していく感覚はこの小説でないと到底経験できません。
 

デザイナー京極夏彦のデザイン小説

 
 本作は小説全体にデザインが行き渡っており、こだわりの欠如した部分など一箇所たりともありません。
 
 漢字という文字そのものの形状が物語性を帯びている象形文字に近いビジュアルを利用し、匣という見た目が箱にしか見えない字や、魍魎という読む者の心を惑わすような字を用いるなど、小説全体に作者である京極夏彦さんの美意識が張り巡らされており、読んでいると自然と絡め取られてしまいます。
 
 ここまで読書そのものをデザインしていると、物語へ潜る際の深度が他の小説とは比べものにならないほど深くなるため、注意していないと意識が物語に溶けてしまい現実に帰ってこれなくなるのではないかという恐怖を感じるほどです。
 
 前作のデビュー作である『姑獲鳥の夏』も傑作でしたが、こちらは次元が違う域に達しており、小説が秘める表現の可能性に歓喜すると同時に、その危険性におののくという相反する感情が芽生えました。
 

魍魎の如き一筋縄ではいかない事件関係者たち

 
 今作の主要な登場人物は、モチーフである魍魎という一つに括ることが出来ず、見方によって如何様にも姿が変わる妖怪にちなみ、全員複数の顔を持ち、かつ絶対に善人と悪人という境界で区別できないよう慎重に描き分けられています。
 
 そのため、この手の事件関係者が多数登場する小説にしては珍しく、脇役の一人に至るまで存在感があります
 
 今作は人物への印象が変化していくプロセスの書き方が秀逸で、最初は慈愛に満ちて優しそうだった人が徐々に裏の顔を見せ、最初冷酷そうだと思っていた人が油断した隙に人情味を覗かせと、ほぼ全員登場した際の印象と、読み終えた後の印象が異なり、しかも善人とも悪人とも判断させない手の込んだ落とし所で、あれこれ登場人物の過去や未来に思いを馳せてしまいます。
 
 それは京極堂という、一人一人の人間の価値観を尊重し、自身の価値基準を人に押しつけず、ある一つの側面だけ見て短絡的に他人への評価を下さない変人にして常識人という人物の立ち振る舞いそのもののように見え、作品への愛を感じました。
 
 どんなに他人から見て非常識な振る舞いをする人物でも、どれほど言っていることが支離滅裂でも、その人の人生を決して否定せず、冷静に捉えようとする眼差しは深い深い人間愛に満ちており、この古本屋の店主が益々好きになりました。
 
 京極堂が憑き物落としをすると事件関係者から憑き物が落ちたように本来の自分の姿に戻るため事件が解決したという空気を肌で感じられるのと同時に読者も物語から現実へと帰還でき、これぞ傑作という堂々した余韻に浸れました。
 

どうしても気になる違和感

 
 今作を読んでいて一番気になったのは、人物の視点が変わる際に同じ言葉で場面を繋ぐという手法のしつこさです。背中という言葉で終わると次の視点も背中という文字で始まり、青木という名前で終わると次の場面も青木という一言から始まるなど、これは正直単に同じ言葉が二回続くだけでしつこく感じます。
 
 やるなら言葉ではなく、言葉から連想するイメージのほうで繋げ、言葉自体は変えるなどの一工夫がないと、毎回同じ言葉が二回繰り返されるという先が読めるパターンをなぞるだけであまり気が効いているように見えません。
 
 ただ、これは本当に不満と言うほどのものでもない微々たる違和感程度です。
 

最後に

 
 魍魎という様々なものを寄せ集めぎした妖怪の有り様をそのまま体現するように同じパーツがそこここに散りばめられた複数の怪事件と、同じ傷やトラウマを共有するどこか似た影を持つ一癖も二癖もある登場人物たちの織り成す物語という匣に完全に囚われました。
 
 前作の『姑獲鳥の夏』を読んだのが10年以上前で、なぜそのまま即続編を読まなかったのか後悔するほど、タイトルの『魍魎の匣』そのものを幻出させる読書体験を堪能でき、小説ってここまでのことが表現できるのかと心の底から感銘を受けました。
 
 読後は各事件の結び目を思い返すだけでゾクゾクするほど官能的で、自分の小説観が変わるほどの衝撃を受けた、生涯ベスト級の大傑作中の大傑作です。