著者 | 田中靖浩 山本豊津 |
出版日 | 2020年9月2日 |
難易度 | 普通 |
オススメ度 | ☆☆ |
ページ数 | 約312ページ |
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本の概要
この本は、画商である山本豊津さんと、公認会計士である田中靖浩さんの二人が、アートと会計(簿記)の歴史を重ね合わせることで両者の共通点を探りつつ、日本でアートを産業として育てていくにはどうするべきかというビジョンを模索する対談本です。
個々のアーティストやアート作品にはほぼ触れられず、ヨーロッパがアラビア数字を採用したことで会計が急激に進化し簿記が世界共通のフォーマットになったように、どうしたら日本のアートを国際的なアートフォーマットに乗せられるのかということが議論されます。
コンテナが開発されたことで世界中で物流革命が起こったという話のアートや会計版といった内容です
山本豊津さんの本の中では過去最高の面白さで、アートと会計の共通点を探る楽しみや、アートを日本の国力を高める産業として考える発想など、知的な興奮が堪能できる一冊です。
アートと会計の類似性
この本は、画商でありアートに精通する山本豊津さんの過去の著作が大好きだったため手に取りました。
山本豊津さんの過去作は全てアートと経済の話が中心であり、『コレクションと資本主義』という本ではアートと資本主義の類似性が、今回はアートと会計(簿記)がどのように似ているのかが語られます。
読む前は、なんとなくアート史を補足するような経済的なバックグラウンドとして会計(簿記)が絡むのかと思いきや、意外に会計はストレートにアートっぽいという主張が展開され、予想を超えてきました。
画家が死んだ後もアートは永遠に残り続けるように、簿記も決算書という記録としてその活動を後世に残すため、両者共に永遠性を追求しているという点では共通しているという考え方は衝撃でした。
確かに、画家も会計士も人の営みや人々がその時代に生きた証をひたすら外部メディアにバックアップすることに一生を捧げるという点では同じであり、アート作品と貸借対照表や損益計算書を同一と考える視点には感動します。
絵画を読み解けば絵が描かれた時代の空気や、描いた人間の人生や思想、美意識が分かるように、決算書を読み解けばその法人の活動内容や波瀾万丈の経営ドラマが全て手に取るようにわかるため、美術研究家と会計士は似た部分があるという考えは方は読んでいてゾクゾクしました。
“武士の家計簿”はアートだったんですね
文化と文明の違い
この本では、文化を地域の特性、文明は文化を寄せ集めた集合体と定義されています。
この文化と文明の話の中でやけに印象的だったのが“文明の帝国”という表現です。
“文明の帝国”とはその時代に一番影響力がある文明のことで、中世のヨーロッパはキリスト教を国教としていたローマ帝国の文明を基盤にしていたため“文明の帝国”はキリスト教中心の古代ローマのまま。その結果中東に大きく遅れを取るも、それまで使用していたローマ数字より遙かに利便性が優れた0という数字や概念が存在するアラビア数字が中東から伝わったことで会計技術が飛躍的に向上。しかも同時期にグーテンベルクの活版印刷技術も生まれ、本という新しいメディアによって情報がヨーロッパ中に広まったことで一気に中東の文明を追い越し低迷していたヨーロッパが再び“文明の帝国”として返り咲いたと説明されます。
会計を進化させたアラビア数字とそれを用いた簿記という会計技術の発達と普及、それにルターが大衆向けに聖書を出版しプロテスタントを生み出した活版印刷技術を誇ったヨーロッパが当時の“文明の帝国”だったように、現代はGAFAなどの世界的なプラットフォーマーを有し、技術やアート、デザイン、メディアで世界をリードするアメリカが“文明の帝国”として君臨し、やはりいつの時代も最先端の文明を抱える国が経済のみならず文化的にも世界をリードするのだなと考えさせられました。
“文明の帝国”という言葉とアメリカのイメージが完璧に合いすぎて怖いくらいです
この“文明の帝国”という考え方で世界を眺めると、GDPのような経済指標だけでなく、目に見えない水面下で文明によって世界を支配する帝国と、それに従う属国の関係が浮かび上がってきます。
この本では、アートの価値を評価するのは常に欧米で、アジアはただ欧米に評価を仰ぐだけで自分たちで評価システムを生み出すことが出来ないと嘆いており、ここら辺も文明の差を見せつけられるようで歯がゆくなります。
例えば、映画でいうとアカデミー賞が権威を持っていれば、世界中の映画はアカデミー賞対策をするため、結果的に世界の映画を牽引するのはアメリカという構造が見えてきます
今後は、日本の作品が海外で評価されると極端に喜ぶという受け身体質を改め、むしろ自分たちで海外を品定めするくらいの気概がないと生涯“文明の帝国”の支配から逃れられないという危機感を覚えました。
この“文明の帝国”という視点で見ると、中国は経済的に強いだけで文明による主導権はまったく取れていませんね
アーティストが国を解釈する時代
山本豊津さんが過去作から繰り返し語っている、アートをきちんと日本の産業として成立させたいという思いと、国際的に日本のアート作品の価値を高めることで日本のブランド力を強化したいという思いが今作はより前面に出ており、この部分は非常に読み応えがあります。
特に痺れたのが、土地の固有性を建築家に解釈させ美術館を作ることで、美術館のある街の価値を高め、延いては国家そのものを建築家に表現させるというアイデアでした。
国が抱える固有の物語を優れたアーティストに解釈させそれをアートとして表現することで他国との差別化を図り、それによって日本そのものを美術館に見立てるような考え方は、国を丸々ディズニーランド化するような話で胸躍ります。
この、土地や国の物語を一端アーティストの感性を通しアート化することで価値を高めるという発想は、過去作にも似たようなアイデアをちらほら見かけましたが、この本ではより具体的になり、作者の頭の中でアートを産業化し国際市場で通用する優れたアーティストを育成することと、優れたアーティストの才能を見抜ける目利きを日本国内で増やすこと、そして最後は日本国そのものをアート化するという壮大な計画が着々と進んでいるようで今後が楽しみです。
最後に
山本豊津さんの過去作は一冊たりともハズレがなく、今回も事前の期待を遙かに超えるほどアートと会計の類似性の話が楽しく、対談相手を選ぶ目利きぶりに感服するばかりでした。
優れた本の特徴である、読んでいるだけで頭の中が整理整頓され、さらに想像力が無限に膨らみ、今まで思いもよらなかった仮説が次から次に浮かんでくるような読書体験が味わえるため、読んで一切の損はありません。
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