著者 | 小松左京 |
出版日 | 1969年 |
評価 | 75/100 |
オススメ度 | - |
ページ数 | 約241ページ |
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小説の概要
この作品は、東西冷戦の真っ只中に中国のソ連国境付近で宇宙人の地球侵略が開始され、それに対しアメリカ、ソ連、中国という敵対関係にある三カ国が果たして政治的に協調できるのかどうかをシミュレーションするというSF小説です。
宇宙人は単なる物語上の装置でしかなく、小説のテーマは冷戦下で宇宙から侵略者が訪れた場合、敵対関係にある国々が地球人同士の争いをやめられるかどうかを問うという政治シミュレーション部分です。
例えば、今現在(2023年)宇宙人が攻めてきたらウクライナとロシアは協力して宇宙人と戦えるか大統領同士の緊迫の駆け引きを描くといった感じです
アイデアは優れているものの、小松左京の他作品に比べ情報のディテールがあまりに貧弱でスケール観が出せておらず、政治的駆け引きに緊張感もないと、いまいちパッとしない小説でした。
アイデア ○、情報量 △、サスペンス ×
この小説は、冷戦の時代、情報が完全に遮断された中国の奥地で何やら奇妙な大規模戦闘が発生し、そこからアメリカや、中国と国境を接するソ連の首脳陣が水面下で交渉を開始するという序盤の流れが秀逸でした。
似たような設定の作品を挙げると漫画『ハンター×ハンター』のキメラアント編が近いです。侵略者が最悪にも鎖国状態に近い国を拠点として人類への攻撃を開始した場合、初動の対応が遅れるという状況の作り方が優れています
冷戦という東西の国々が睨み合い一触即発という状況を生かし、中国は諸外国に弱みを見せたくないため国内で宇宙人と交戦しているという情報を隠したがり、アメリカは中国が宇宙人と交戦しているという情報を掴んでいるのにそれを発表するということは極秘に中国の領空を侵犯し偵察機を飛ばした事実を認めることとなり発表を躊躇するなど、それぞれの国が自国の政治事情を優先するあまり宇宙人相手に連携が取れないというもどかしさはこの小説最大の魅力でした。
新型コロナの際も中国が情報を隠蔽し初動の対応が遅れるなど、中国の隠蔽体質が事態をややこしくするという設定にはいつの時代にも生々しいリアリティがあります
それぞれの国が自国の利益やメンツばかりを優先し、国連軍への参加や、自国への国連軍の派遣を侵略と決めつけ拒否するなど、目先の政治的駆け引きで人間同士の足並みがまるで揃わない様はもはや悲劇ではなく喜劇的ですらあります。
この宇宙人の侵略に対して各国が繰り広げる情報戦や政治的な交渉劇、アメリカやソ連首脳陣がどうにか落とし所を探りながら歩み寄っていくというアイデアは秀逸でした。
ただ、問題は同じ著者が書いた『日本沈没』という大傑作災害シミュレーション小説に比べると明らかに情報のディテールがスカスカで、話の説得力が欠けていることです。
『日本沈没』に比べると小説全体の情報量が4分の1、5分の1程度なので非常にしょぼく感じます
このせいで全体的に地に足が着いておらず、宇宙人の侵略も絵空事のようにしか感じられないと、自分事として考えてしまうような真に迫るような迫力が皆無でした。
『日本沈没』と比較せずとも、とにかく群像劇として貧弱で、アメリカ・ソ連の首脳陣の政治的な交渉にスリルがまるでなく、徹底的に庶民目線に徹する主人公の新聞記者・山崎も存在する意味が薄く、話全体が淡々としているだけで読んでいて手に汗握る瞬間が一切ありません。
そのため、どうしても『日本沈没』の大幅なスケールダウン版という印象しか残りませんでした。
逆に言うと、それだけ『日本沈没』が災害シミュレーション小説として異常なまでの情報量を誇る傑作というだけです
おわりに
中国の奥地という情報が完全に遮断された空白地帯で発生した大規模戦闘から徐々にアメリカ・ソ連など世界中を巻き込む政治的な駆け引きや水面下の交渉劇が展開されていくというアイデアは秀逸でした。
ただ、小松左京作品の中では情報のディテールが貧弱で、どうしても何か突き抜けるような魅力に乏しい凡作寄りの出来です。
特にいくら舞台装置して利用しているだけとはいえ、宇宙人に対する各国の科学的な分析があまりにも弱く緊迫感がまるでないのが残念でした
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