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傑作前日譚、堂々の完結 「マルドゥック・ヴェロシティ #3 最終巻」 著者:冲方丁 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 冲方丁
発売日 2006年11月22日
新装版:2012年8月23日

短評

 
 ボイルドに残る人間らしさの残滓ざんしを特殊な文体を使いこなしすくい取っていく文章力は圧巻で、読み応えは全3巻の中でも今巻がベスト。
 
 仲間が次々惨殺されていくカトル・カールとの熾烈な殺し合いや、ついに事件の黒幕たちが判明する怒濤の衝撃展開の連続、そしてボイルドとウフコックが袂を分かった理由も語られ、話の盛り上がりは過去最高。
 
 途中からウフコックの存在感が薄れてしまう点や、終盤やや『マルドゥック・スクランブル』に話を繋げるため過剰に説明臭くなる点などいくつか気になる箇所はあるが、それでも本編の見え方を激変させるほどの傑作!!
 

ボイルドの不器用さを際立たせる文体のマジック

 
 この巻は『マルドゥック・ヴェロシティ』シリーズの最終巻です。謎だった傭兵集団カトル・カールを雇った黒幕の正体、そして09チームがどのように崩壊し、かつては仲間だったボイルドとウフコック&ドクター・イースターたちが敵対するに至ったのかの顛末が語られていきます。
 
 結論から言うと、このヴェロシティは前日譚としても、単体の作品としても事前の予想を遙かに超えた傑作でした。
 
 ボイルドと苦悩を共有させるため、厳選した言葉を韻を踏むように並べるリズミカルな文体を用いたことが功を奏し、読み終える頃にはバロットを喰ってしまうほどボイルドの存在が巨大になりました。
 
 1・2巻に比べ、この癖のある文体を使いこなす技術とその効果が飛躍的に向上しています。そのため、ボイルドの鋭利な感情が突き刺さり、このシリーズの主役はボイルドにしか思えなくなりました。
 
 それに、無駄のない文体は可能性を摘まれ理詰めで逃げ道を塞がれる恐怖も際立たせ、ヴェロシティはこの文体ありきの作品だなと前の巻より強く意識させられます。
 
 危機的状況に陥るほど、精神的に追い詰められるほど、この装飾を一切排した、ボイルドの心情を剥き出しにする文体がより一層悲壮感を強めるため、シリーズで最も劇的なことが起こる今巻はこれまでとは段違いの面白さでした。
 

ヴェロシティという一つの完成された物語

 
 本作は『マルドゥック・スクランブル』の過去の出来事というだけでなく単体の作品としても優れており、最終巻まで読むと本編に繋がる場面どころかこのヴェロシティ内だけで完結する予兆にすら溢れ返り、改めて語りの洗練さに気付かされます。
 
 クルツとオセロットという理想的なパートナーが実はボイルドとウフコックの未来を示していることや、パートナーであるオードリーを失い深く傷つくラナがボイルドのウフコックやナタリアを失う恐怖に重なるなど、もう一度頭から読み直すと意味合いが変わる箇所がいつくもありました。
 
 最終的にボイルドとウフコックが袂を分かつことは決まっているはずなのに、まるで予行演習のように強固な絆で結ばれていた者たちが次から次に信頼関係を喪失していくのを見せられ、こんな辛いことがボイルドたちの身にも降りかかるのかと心苦しくなっていきます。
 
 ヴェロシティを読むことで『マルドゥック・スクランブル』で語られたボイルドとウフコックはかつてパートナーだったというただの既成事実が、厚い信頼関係で結ばれていたコンビが決別する生々しい悲劇の物語として認識され直し、未来に起こる出来事が決まっていることがなんらマイナスになりません。
 

若干、辻褄合わせに走りすぎな終盤

 
 本作は、ボイルド関連のエピソードはどれもこれも優れており、ボイルドという一人の人間の話としても、『マルドゥック・スクランブル』の過去の話として読んでも両方成立するほどの傑作で、不満は特にありません。
 
 ただ、終盤の展開がやや雑で、中盤までの怒濤の勢いに対して若干失速して終わるためここは非常に残念でした。
 
 これまでずっと追ってきた大きな規模の事件に対して、終盤本編に話を繋げるためドラッグの売買に関する小さい規模の事件が唐突に始まり、この件にまったく深みがありません。それなのに、この事件がボイルドとウフコックが決別するキッカケとなってしまうため、やや物足りなく見えてしまいます。
 
 この終盤から突然始まる微妙に本筋からずれた話で『マルドゥック・スクランブル』側との辻褄合わせが一気にされるため、非常に説明臭く、ここだけ不満が残りました。一応09チームを罠にはめるための謀略とは言え、ボイルドが制圧するのがこんなついさっき始まったばかりの事件なのかと少々ガッカリでした。
 
 それに、1巻から散々引っ張ってきたカトル・カールの雇い主の正体も、実は途中で限りなく嘘に近いズルのようなことをしており、正体が判明しても驚きはさほどありません。
 
 この最終巻は、多くの謎の真相が語られるのにミステリーとしての快感はほぼなく、ボイルドに直接関係していないエピソードはさほど印象に残りませんでした。
 
 後、1巻の冒頭が『マルドゥック・スクランブル』のラストシーンから始まっていたように、この最終巻もラストは本編のエピローグのような話で終わるため、いくら単純に時系列が前だからと言ってヴェロシティから読むのは絶対に止めたほうがいい内容なのは変わりません。
 

最後に

 
 少々の問題など吹き飛ばすほど前日譚としても単体の物語としても完成度が高く、読んだら確実に『マルドゥック・スクランブル』ごと評価が向上します。
 
 そして何よりも特殊な文体でボイルドという一人の不器用な人間の生き様を描き切った作者のセンスに脱帽させられました。
 
 ボイルドが心底愛おしくなり、『マルドゥック・スクランブル』をボイルド視点で読み直したくなること請け合いの傑作!!
 

マルドゥック・ヴェロシティシリーズ