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【SF小説】マルドゥック・スクランブル09の成立直後に立ち会う前日譚 |『マルドゥック・ヴェロシティ #1』| 冲方丁 | 書評 レビュー 感想

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作品情報
著者 冲方丁
出版日 2006年11月8日
新装版:2012年8月23日
評価 80/100
オススメ度
ページ数 約341ページ

小説の概要

 
この小説は、サイバーパンク調SFである『マルドゥック・スクランブル』の前日譚です。
 
本編ではすでに敵対関係にあったウフコックとボイルドがまだパートナーを組んでいた時代が描かれます。
 
それと同時に、マルドゥック・スクランブル09オー・ナイン法という、証人保護のために軍事目的で開発された禁じられた技術を用いることが許可される法律がどのような経緯いきさつで作られたのかが語られていくという内容です。
 
話としては過去のエピソードですが、冒頭がいきなり『マルドゥック・スクランブル』のラストシーンから始まるので、こちらから読むのは避けたほうが無難です。
 
本編のバロットとは異なり、人間としての感情が失われたボイルドの一人称というていのため文体が極めて無機質であまり読みやすい文章ではありません。ただ、サイバーパンク小説としては雰囲気が出ており、人間的な感情が取り除かれた文体は慣れると病み付きになる中毒性があります。
 
この巻はマルドゥックスクランブル09オー・ナイン法に関わる登場人物やマルドゥックシティを牛耳る組織の紹介にページが費やされるだけで山場らしい山場はなく、本格的に面白くなるのは2巻以降です。
 

ボイルドを体感するサイバーパンク文体

 
この小説で最も面喰らうのは、『マルドゥック・スクランブル』どころか通常の小説とも完全にかけ離れた文体です。本編ですら海外のSFを日本語に翻訳したかのような翻訳文体調なのにも関わらず、さらにもう一手間文体が弄られています。
 
覚醒剤の過剰摂取の後遺症で人間的な感情が乏しいボイルドの一人称というていで、細かく文章を区切り、かつ必要最低限の情報だけを羅列させるだけの本編とはかけ離れた文体で体に馴染むまで時間が掛かりました。
 
ただ、この文体自体は読んでいると慣れるどころか、その無機質で人間味が欠けた感じがサイバーパンクっぽくて逆にカッコいいので、読み始めの頃の違和感は自然と消えてしまいます。
 

ボイルドとウフコックの蜜月時代が逆に哀愁を誘う前日譚

 
本編に対し、このヴェロシティの最大の魅力は全編に渡る痛ましさともの悲しさです。
 
仲違いがすでに確定しているウフコックとボイルドがこの上ないほど互いを信用し心を通わせている様を見せつけられるため、後の決別を思うと序盤から胸が締め付けられます。
 
ウフコックやボイルドと同様、戦争が生んだ呪われしテクノロジーを体に移植されマルドゥックスクランブル09法によって自身の有用性を証明することで辛うじて命を繋げている兵士たちもみな仲間想いで気さくな良い奴ばかりで、この先の悲劇を想像すると読むのが徐々に辛くなるほどです。
 
本編がバロットとウフコックが信頼関係を築き、自分自身の悲惨な過去と向き合うことで白紙の未来が提示される可能性に満ちた話なら、こちらは信頼関係の崩壊が確定し、黒く塗りつぶされた未来に向け一歩一歩破滅の階段を降りていく話なので、同じマルドゥックシティを舞台にしたストーリーでも受ける印象は真逆です。
 
ボイルドという、本編では徹底して冷酷な悪役として描かれていた人物のナイーブな一面が垣間見え、それは物語に温かみが生まれるどころか後の悲劇を強調するだけで、徹頭徹尾破滅の匂いだけが充満し、心休まる瞬間がありません。
 
あんな機械のように冷酷だった殺し屋がこれほど人間的な悩みを抱えて生きていたのかと思うと、男によって人生を蹂躙されたバロットに対し、戦争によって人格を壊されたボイルドも実はまったく同質の存在なのだと気付けます。
 
このヴェロシティを読むと、ウフコックとボイルドが敵対することが、ウフコックとバロットが殺し合っている未来に等しいことが分かり、より『マルドゥック・スクランブル』本編の悲劇性が増します。
 

最後に

 
この巻はまだまだ序章で、登場人物の顔合わせや組織の紹介だけで終わるため、正直『マルドゥック・スクランブル』の一巻に比べると遙かに物足りませんでした。
 
このシリーズが本格的に面白くなるのは二巻以降です。
 

マルドゥックシリーズ

タイトル
出版年
マルドゥック・ヴェロシティ #2
2006年
マルドゥック・ヴェロシティ #3
2006年
マルドゥック・フラグメンツ
2011年
マルドゥック・アノニマス #1
2016年
マルドゥック・アノニマス #2
2016年
マルドゥック・アノニマス #3
2018年

冲方丁作品

 
 

 

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