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イースターズオフィスvsクインテット、死屍累々の激突 「マルドゥック・アノニマス #3」 著者:冲方丁 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 冲方丁
発売日 2018年3月20日

短評

 
 ついにウフコックのクインテットへの潜入が終わり、イースターズオフィスとクインテット、それぞれの勢力が抱えるエンハンサー同士が殺し合う凄惨な争いが始まる。
 
 そして、シリーズの冒頭からなぜウフコックがガス室の中で過去の行いを悔やんでいたのかその真相と経緯が語られ、ようやく過去から未来へと物語が進み出す。
 
 仲間たちが次々殺されていく『マルドゥック・ヴェロシティ』を彷彿とさせる激しい戦闘と、絶望のどん底に突き落とされ死を願うだけだったウフコックに救いの手が差し伸べられる感動のラストと、アノニマスシリーズの中で最も感情が揺さぶられる巻
 

イースターズオフィスの全エンハンサーが参加するクインテット狩りの幕開け

 
 この巻は、ウフコックが犯罪組織クインテットに潜入し調べ上げた犯罪の証拠を元に、イースターズオフィスに賛同する勢力が結集し、巨大カルテル化していくクインテットを止めるべく大規模な攻勢に出るという内容です。
 
 これまで丸々2巻を費やし、最初はエンハンサーが数人いるチンピラ集団のような勢力だったクインテットが幾度も修羅場を乗り越え敵対組織を吸収しマルドゥックシティの一角を牛耳る巨大な犯罪組織として成り上がる様を丁寧に描いてきたことが功を奏し、この怪物集団に戦いを挑まなければならないという展開に読んでいて恐怖しか感じませんでした。
 
 さらに、その状態に輪を掛ける存在がクインテットのリーダーであるハンターで、拷問も殺人も無感情でこなす残虐さと、どんなトラブルでも冷静に対処してしまう切れ者ぶりで、クインテットへの工作活動がうまくいけばいくほど逆に工作の起点を探られコチラの存在がバレそうで不安にしかならないという絶大な効果を生んでいると思います。
 
 ハンターが問う、イースターら09法案に従事し法を遵守することを誇りとする者たちに対し、法律に従うといっても大事なのは誰が作った法に従うのかだという発言も、ウフコックら戦争中の軍事技術で生かされている者たちが有用性を証明し続けないと廃棄処分にされるという法そのものを疑い、自分たちの存在や生きる権利を法律的に合法とするため戦うべきだと主張するかのようで一理あるなとつい話に耳を傾けたくなるのは前巻と同様です。
 
 ハンターという自らの思想を他者に伝染させて操る指導者一人のほうがクインテットの全メンバーよりも恐ろしいと思わせる説得力は絶大で、相変わらずハンターは全キャラクターの中でも別格の存在感があります
 

バロットとウフコック、最良かつ最強のパートナー再び

 
 この巻で最も胸を打たれるのは、誠実すぎるため自らに責め苦を与え続けるウフコックに対し救いの手が差し伸べられるラストでした。
 
 この場面はバロットやボイルド、そしてウフコックといった歴代主人公や犠牲となったかつての09チームメンバーら真剣に生と向き合ってきた者たちの生き様が一つに重なる感動があり、自然と涙が溢れてきます。
 
 特に、かつてボイルドが置かれた立場に近いところにウフコックも追いやられるため、どうしてもボイルドの残像が強くちらつきました。
 
 『ヴェロシティ』では、ボイルドがウフコックの純真な心を汚したくないために醜い争いから遠ざけようとした結果、よりにもよって最も大切な相手から拒絶されてしまうという最悪な結果を招きました。そして、今作もまたウフコックがバロットを誰よりも大切に思うあまり、自らの汚い部分をひた隠しにしその結果ボイルド化してしまうという、大切な者を守りたいという想いが当人を虚無へと落としてしまうという構造が瓜二つで、ウフコックとボイルドの心情が綺麗にダブって見えます
 
 作者の冲方丁さんはこのような生き残った者の背後に死者の気配を漂わせる技巧が非常に優れており、ふとしたキッカケで死者の記憶が鮮烈に蘇るため、一つ一つのセリフにシリーズの歴史分の重力が発生し、心に重くのしかかってきます。結果、バロットによってウフコックが救われることで過去に死んでいったボイルド始めとする仲間達も救われたように感じられ、ラストはマルドゥックシリーズでも最大級の感情の波に襲われました
 

またまた膨大な組織&人物の相関図

 
 今作の不満も『ヴェロシティ』と同じく多数の組織や勢力が登場するため、一読しただけでは一体いくつ組織があってどのような関係性なのか把握できないことです。
 
 しかも、クインテットの傘下の組織は複数ある上に中には組織内に派閥が存在するところもあり、ややこしさに拍車がかかっています。さらに、各組織ごとにボディガードとしてエンハンサーが配置されており、このエンハンサーはどこの組織の誰の命令で動いているんだろうと初見時は混乱させられました。
 

ハンターだけに『ハンター×ハンター』で例えると、カキン王国の大量の王子とその警護兵に説明文が一切表示されない感じですね

 
 そこに追い打ちをかけるように『ヴェロシティ』でウフコックたちと敵対していたギャングが登場するサプライズもあり、またしてもギャングに法律事務所に警察関係者、法曹界の人間に、麻薬の製造・密売、銃器売買、カジノ、売春と犯罪がカルテル化し複数の傘下組織を持つクインテットに、09法の従事者、巨大製薬会社と多数の勢力が入り乱れる複雑な様相を呈しており、久しぶりに続きを読もうとするとこんがらがって意味が分からなくなるのは『ヴェロシティ』と同様でした。
 
 『ヴェロシティ』は敵が正体不明なため誰と戦っているのか、敵の規模がどれくらいなのか把握できない恐怖がサスペンスを生んでいたのに対して、こちらはクインテットが街の機能を次から次に掌握していくことで手が付けられないほど巨大化していく恐怖を出せているため決して無駄ではないものの、もう少し整理してくれないかなとも思います。
 

最後に

 
 事前のウフコックの状態からして味方が皆殺しにされるくらいのことが起こるのかと思っていたら実際はそれほどの被害ではなく、引っ張った割に若干肩透かしな感はありましたが、これほど過去シリーズの記憶が去来し、感極まって泣いてしまうほどの展開に持っていけたのなら文句はありません。
 
 作者の冲方丁さんはシリーズを通してキャラクターの苦悩に共感させ、キャラと読者の心情をシンクロさせてしまうテクニックが突出して高く、この巻はその得意技が十二分に発揮されており、読後の余韻はシリーズ中でも1位、2位を争うほどでした。
 

マルドゥックシリーズ

 

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