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マルドゥック・シティをかき回す地殻変動の予兆 「マルドゥック・アノニマス #2」 著者:冲方丁 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 冲方丁
発売日 2016年9月21日

短評

 
 各エンハンサーの能力説明に終始し勢いが足りなかった1巻とは打って変わり、ウフコックの犯罪組織クインテットへの潜入調査が本格化し面白さが劇的に向上する
 
 マルドゥックシティで行われる殺人ゲームの黒幕という巨悪に辿り着くため、誰よりも繊細で心優しいウフコックがクインテットの拷問・殺人といった残虐行為を見て見ぬふりをし続けなければならないという苦しみが情け容赦なく描かれ、1巻より濃厚な破滅の予感が漂い出す。
 
 しかも、『スクランブル』や『ヴェロシティ』とは違い、マルドゥックシティそのものの勢力図が大きく塗り替えられていくというスケールの大きさで、見慣れた街が別の何かに変容していくスリルも味わえる。
 
 2巻を読むと1巻があれほどエンハンサーたちの説明に終始していたのはこの怒濤の展開への布石なのだと分かり遡って評価が上向く。
 

『スクランブル』のカジノ、『ヴェロシティ』の抗争に匹敵する犯罪組織へ潜入を試みるスリル

 
 2巻は前巻から引き続き、エンハンサー同士を殺し合わせるゲームを行う謎の組織の正体を掴むため、ウフコックが組織の指示で動くエンハンサー犯罪集団クインテットに潜入し調査するという内容です。
 
 1巻は肉体を改造され様々な特殊能力で戦うエンハンサー同士の説明くさい戦闘が単調で、正直あまり面白いとは思えませんでした。しかし、2巻からはウフコックのどんな物体にも変身ターン可能ないかにも潜入向けの能力を駆使する展開が面白く、1巻の不満はあらかた消し飛んでしまいます。
 
 2巻を読むと1巻は面倒な説明を序盤であらかた片付けてしまおうとある程度意図したものだと分かり評価は多少上向きました。
 
 1巻を読んだ際はエンハンサー同士の戦いが多いことから『ヴェロシティ』っぽいなと思いましたが、今度はウフコックが敵の懐に潜り込み行動を監視するという、イカサマがバレないようにギャンブルを行う『スクランブル』に近い感覚が味わえ、面白さの質が変わります。
 
 しかも、誰よりも他者の苦しみに対して敏感なウフコックが、クインテットの背後にいる巨悪に辿り着くため、目の前で行われる凄惨極まりない犯罪を見て見ぬふりをして耐え続けなければならないという重圧も加わり、2巻からよりウフコックを主役としたシリーズらしさが際立ちます
 
 このクインテットへの潜入が敵のエンハンサーたちにバレないかというスリルと、目の前で人が拷問されているのに一切救いの手を差し伸べることが許されないもどかしさ、敵であるクインテットがもはやイースターズ・オフィスですら手が付けられない凶悪集団と化していくのをただ黙って監視することしかできないという徹底した無力感は『スクランブル』や『ヴェロシティ』とはまるで異なる『アノニマス』独自の魅力で、ようやく2巻から本領発揮といったところです。
 

『アノニマス』というシリーズの方向性を決定づける、ハンターという発明

 
 ウフコックの潜入調査によるもたらされるスリルと同等の興奮が味わえるのが、これまでのシリーズと比べマルドゥックシティ全体が戦場となる事件規模の大きさと、クインテットのリーダーであるハンターの不気味な均一化イコライズ思想の波及です。
 
 他者を全て自分の思想に取り込んでいくハンターという異物は、他者の尊厳を守ろうとするウフコックと対となるだけでなく、富を巡る争いこそを美徳とするマルドゥックシティそのものへのアンチテーゼでもあり、読んでいるとこの犯罪者が街そのものへどのような影響をもたらすのか見届けたい不思議な気分にさせられました。
 
 街を根本から揺るがす破壊者にも見えるし、街に秩序をもたらす救世主にも見えると、マルドゥック・スクランブル09オー・ナイン法の生みの親であり、ウフコックの創造主でもあるクリストファー博士と同様にどうしてもこの人物の奇抜な言動に耳を傾けてしまうという、人を惑わす妖しい魅力があります。
 
 このハンターという一体何を考えているのか誰にも気取らせずに、しかし影響力だけは水面下で抜け目なく拡大させていく不気味な存在は過去のマルドゥックシリーズの全登場人物の中でも最もミステリアスなオーラを放っており匿名アノニマスという言葉を冠するシリーズには最良の敵役だと思います。
 
 ハンターという、一人の人間を超越した概念そのもののような人物がまだ鳴りを潜めていたこともあり、1巻は少々物足りなく感じましたが、活動が活発化する2巻を読むことで一気に『アノニマス』シリーズの虜になりました。
 

法律の横やりがない単調な戦闘は相変わらず

 
 『アノニマス』シリーズの一番の不満はやはりエンハンサー同士の説明くさく単調な戦闘です。
 
 そもそもマルドゥックシリーズの魅力は戦いそのものよりも後の裁判で不利にならないように法律を遵守しながら立ち回るという点にあると思っているので、正直エンハンサー同士の特に制約も課されない特殊能力合戦は無法状態に近く大して惹かれるものがありません。
 
 それに、2巻で最も残念だったのはハンターが街中の武装組織に狙われ、危機的状況に陥るという展開が本当にただの予定調和でしか無く緊張感が皆無なこと。作戦であると事前に説明してしまっているせいで後々離散したクインテットのメンバーと合流するのが分かりきっているのに、下水を逃げ回るハンターを悲惨に描き、結果その部分が蛇足にしかなっておらず意図がよく分かりませんでした。
 
 全体的に敵組織を間抜けに描くせいで、ハンターが賢いというより敵がただのバカにしか見えないという欠点もあり、ここの部分はもう少しハンターの緻密な策略で他の誰もなし得ない困難を達成したように見える工夫が欲しかったところ。
 
 その他にも、イースターズ・オフィスが事件に介入せずいつまでもクインテットを泳がせておくという態度にも明解な理屈が欲しかったです。これだとウフコックが事態を放置するのは危険という懸念を訴えるのに対し、理路整然と潜入を続行するべきという冷酷な判断が下される絶望が足りません。この部分は完璧な統率で動くクインテットに対し、ウフコックが仲間と意思疎通が出来ず孤独な立場に追い込まれる切迫さがもっとあってもいいのにという不満が残りました。
 

最後に

 
 細部に色々不満もありますが、ハンターという街そのものを均一化させようという途方もない目的を掲げ、しかもそれを何の違和感もないほど完璧に体現させたキャラクターとして成立させた時点でこのシリーズは成功したといっても過言ではないと思います。
 
 マルドゥックシリーズは毎回2巻目から化けるということをまたしても教えられ、1巻を読んだ際のシリーズへの不安は完全に消え去りました。
 

マルドゥック・アノニマスシリーズ