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【SF小説】新生09チームが謎の殺人ゲームの黒幕を追う新シリーズ第1巻 |『マルドゥック・アノニマス #1』| 冲方丁 | 書評 レビュー 感想

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作品情報
著者 冲方丁
出版日 2016年3月24日
評価 80/100
オススメ度
ページ数 約400ページ

小説の概要

 
この小説は、『マルドゥック・スクランブル』の約2年後から話が始まる、登場人物も出来事もそのまま受け継がれるストレートな続編です。
 
ストーリーは、肉体を強化されたエンハンサーたちを迎え戦力を補強したイースター率いる09チーム(イースターズ・オフィス)が、本人の承諾無しに死にひんした民間人に対してエンハンス手術を施し、肉体改造後は殺人ゲームを強要させる謎の組織を追うという内容です。
 
時系列としては『マルドゥック・スクランブル』のその後のエピソードですが、同作の前日譚である『マルドゥック・ヴェロシティ』の登場人物や出来事もそのまま引き継いでいます。
 
そのため、併せて読んでいないとカトル・カールやサム・ローズウッド弁護士など、『ヴェロシティ』の主要人物が分からないという問題が生じます。
 
作風はバロットの成長を描く『マルドゥック・スクランブル』ではなく、事件の黒幕を追い犯罪組織と抗争を繰り広げる『マルドゥック・ヴェロシティ』寄りで、SFよりはアクション色が濃い巻です。
 
1巻は事件の発端ほったんとなる出来事と、新設定である肉体を強化されたエンハンサーたちの能力説明が延々と続くため、本番はまだまだ先といったところです。文体もボイルドの心情に合わせ凝りに凝っていた『ヴェロシティ』に比べるとこれといって特徴もない普通の文章でやや味気ないです。
 
『スクランブル』ほどの濃厚なSF色もなければ、『ヴェロシティ』ほどとがった文体でもないため、1巻を読む限りではこれまでのシリーズの中で最も凡庸に感じてしまいます。
 

ヴェロシティに似た作風同様にボイルド化していくウフコック

 
本作は、裁判の証人としてバロットを守り抜く『スクランブル』よりも、エンハンサー同士の激しい殺し合いと、事件の背後に潜む謎の黒幕を追い積極的な調査をしていくという展開含め遙かに『ヴェロシティ』寄りです。
 
主役であるウフコックが徐々に仲間たちを信用できなくなり、色々な問題を一人で抱えだし精神が病んでいくという『ヴェロシティ』のボイルドをそのままなぞるような展開も含め、『スクランブル』よりかは『ヴェロシティ』の続編を読んでいる感覚でした。
 
それに、敵である組織がエンハンサーたちに殺人ゲームをさせ、ポイントを稼がないと生きるために必要なメンテナンスを受けられないというルールは有用性を証明しないと廃棄処分となるマルドゥック・スクランブル09オー・ナイン法を模しているのと、ウフコックたちがぶつかるクインテットというエンハンサー集団はどう見ても『ヴェロシティ』のカトル・カール風など、良くも悪くも過去作の色々な設定を寄せ集めたような作りで、正直あまり新鮮味がありませんでした。
 
文体も翻訳SF調だった『スクランブル』や、単語がぶつ切りで並ぶようなスタイリッシュさが売りの『ヴェロシティ』に比べると普通で、コレといってこだわりを感じません。文体に工夫が足りない分、今作はサイバーパンクっぽさが希薄で、そこらにある特殊能力バトル主体のラノベを読んでいるような手応えの無さでした。
 
ハッキリ言って今作はどの過去シリーズと比べても特色が無く、読んでいてコレといって訴えてくるものがありません。
 

どこの誰か分からないエンハンサーの能力説明を延々聞かされ続けるやや退屈なアクション

 
前作の『ヴェロシティ』が山田風太郎の忍法帖シリーズのような生死が一瞬で決まるスピーディさが魅力だったのに対し、『アノニマス』はこのエンハンサーはこんな能力を持っていて、その能力の応用でこのような攻撃方法を取るなど、いちいち能力説明が長く場面が何度も一時停止するのでテンポがよくありません。
 
それぞれのエンハンサーの能力設定自体は手抜きがなくしっかり作ってあるものの、問題は約15人ほど登場するエンハンサー全員分の能力説明が入り続けるため、正直読んでいてダレます。
 
しかも、『ヴェロシティ』に登場したボイルドやウフコックの戦友である09チームのサイボーグたちが有していた能力とほとんどが被っているため目新しさもありません。
 
これは短編集の『マルドゥック・フラグメンツ』を読んだ時にも感じましたが、とにかく過去の設定を何度も何度も再利用するため、新しい物語を読んでいるという興奮がほとんどありませんでした。
 
『ヴェロシティ』には存在した、いつ誰が死ぬのか分からないという張りつめた重い空気も、一瞬で生き死にが決定してしまう無情さもなく、ダラダラとエンハンサー同士の説明の長い特殊能力のお披露目合戦が続くのみで、これなら生き様も死に様もいさぎよい『ヴェロシティ』のほうが好きです。
 

最後に

 
これまでは主人公を支えるサポート役という印象が強かったウフコックが満を持して主役の座についたのに、肝心の内容のほうが煮え切らず、ウフコックの独白含めそれほど先が気になりません。
 
それでもマルドゥックシリーズなので、スタイリッシュな会話や戦闘に一定の面白さは確実にありますが、こんなに読んでいてしっくりこないシリーズは初めてでした。
 

マルドゥックシリーズ

タイトル
出版年
マルドゥック・ヴェロシティ #1
2006年
マルドゥック・ヴェロシティ #2
2006年
マルドゥック・ヴェロシティ #3
2006年
マルドゥック・フラグメンツ
2011年
マルドゥック・アノニマス #2
2016年
マルドゥック・アノニマス #3
2018年

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