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マンディ 地獄のロード・ウォリアー 〈レビュー・感想〉 ニコラス・ケイジ主演作史上最高傑作!

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トレーラー

 
評価:90/100
 
作品情報
公開日(日本) 2018年11月10日
上映時間 121分

短評

 
 色彩感覚が狂ったようなサイケデリックな作風に馴染むまで膨大な時間が掛かるものの、一度慣れてしまえば中毒を引き起こすほどハマる独創性が魅力。
 
 叙事詩のような壮大なアート性とジャンル映画の爽快さが混じり合った無類の傑作。
 

最低でも2回見ないと理解できない前半パートの笑いどころ

 
 本作は主人公レッドがカルト集団に最愛の人マンディを殺害され、犯人たちにマンディが味わったのと同じ恐怖と苦痛を与えながら復讐していくという話です。
 
 あらすじだけ見ると『マッドマックス』の1作目とほぼ同じといっても過言ではないものの、作風はサイケで完全に別物です(敵がバイカーなのはオマージュなのかも)。
 
 この映画は作風が特殊すぎるので、最低2回は見ないと前半部分の意図が掴み辛いという問題があります。
 
 特に厄介なのは本来なら笑える箇所なのに、ここが笑うところですよと言うサインを映画側がまったく出してくれないことです。退屈に見える前半も実はそこら中に笑いどころがあるのに、そこで笑っていいかどうか初見時には判断が出来ないので、どうしても2回見ないと本作の魅力が理解できません。
 
 一番分かりやすいのがカルト集団のリーダーであるジェレマイアが自作のとんでもソングを披露して自分のことをアーティストだと主張する場面です。
 
 ここは似たような映画だったらもっとインチキ教祖のマヌケさを強調しようとするのに、この映画はシリアス・コミカル両シーンでまったくトーンを変えないため、初めて見た場合ここが笑うところだと気付けず、大マジメな態度で望んでしまい、うまく楽しめません。
 
 そういう意味では主役のレッド役のニコラス・ケイジの使い方が非常に巧みで、この人が映ると画面がなごみ、笑って大丈夫という空気が自然と生まれるので、ニコラス・ケイジの出番が増える後半は段違いに見やすくなります。
 
 インチキ宗教がデタラメな教義を大マジメに語るように、この映画もふざけたシーンを意味ありげに見せるので、あまり作品のトーンに引っ張られてしまうと本質を見失い、素直に楽しめなくなります。
 

ありふれた復讐譚をアートで語って見せる後半パート

 
 本作最大の魅力は、映画全てがアートで表現され、似たようなジャンル作品と完全に差別化されていることです。
 
 前半パートは、海外ドラマの『アメリカンゴッズ』のような、レッドとマンディが二人だけの世界に生きている様を直接的な演技やセリフよりも、宇宙など抽象的なイメージを交えながら映像の力業ちからわざで表現しきってしまう手法を取っており、その力量とセンスに圧倒されます。
 
 打って変わってジャンル映画的な後半パートは、最初はヘンテコだけど変わったことをする面白い映画だなくらいの印象でした。しかし、何回も見る内に徐々にダンテの『神曲』のように、最愛の人を求めて地獄をさまよう叙事詩に見えるようになりこの作品の虜になりました。
 
 パノス・コスマトス監督はダンテと同じイタリア生まれで、ところどころ脇腹を刺されることや手に杭のようなものを打ち込まれるなど、イエス・キリストの聖痕であろう描写があり、神曲と同じく宗教色が強くどうしても意識しているのかなと思ってしまいます(脇腹を刺すロンギヌスの槍の代わりの短剣がチープに点滅していて、まったく聖なる短剣に見えず笑える)。
 
 神曲の地獄めぐりを思わせる壮大さに、ニコラス・ケイジのどちらかというと笑いを誘うコミカルな演技のミスマッチ感が絶妙で、抽象的でアートなのに親しみやすいという相反する魅力を備え、見れば見るほどこの映画が愛おしくなります。
 

最後に

 
 カルト映画マニアであるニコラス・ケイジもこんな狂った映画に出演出来てきっと大喜びしたであろう大傑作!
 

 

 

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