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【映画】ニコラス・ケイジ主演作史上最高傑作! 『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』 〈レビュー・感想〉

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トレーラー

評価:95/100
作品情報
公開日(日本) 2018年11月10日
上映時間 121分

映画の概要

 
 この映画は、最愛の恋人マンディをカルト集団に殺害された主人公レッドが、犯人たちにマンディが味わったのと同じ恐怖と苦痛を与えていく復讐譚です。
 
 あらすじだけ見ると『マッドマックス』の1作目とほぼ同じといっても過言ではありませんが、作風は完全に別物です(敵がバイカーなのはオマージュなのかもしれません)。
 
 色彩感覚が狂ったサイケデリックな作風に馴染むまで膨大な時間が掛かるものの、一度慣れてしまえば中毒を引き起こすほどハマる独創性が魅力です。
 
 先鋭的なアート性とジャンル映画の爽快さが混じり合った無類の傑作!!
 

最低でも2回見ないと理解できない前半パートの笑いどころ

 
 この映画は作風が特殊すぎるため、最低2回は見ないと前半部分の意図が掴み辛いという問題があります。
 
 特に厄介なのは本来なら笑える箇所なのに、ここが笑うところですよと言うサインを映画側がまったく出してくれないことです。退屈に見える前半も実はそこら中に笑いどころがあるのに、そこで笑っていいかどうか初見時には判断が出来ないので、どうしても2回見ないと本作の魅力が理解できません。
 
 一番分かりやすいのがカルト集団のリーダーであるジェレマイアが自作のトンデモな歌を披露し、自分のことをアーティストだと主張する場面です。ここは似たような映画だったらもっとインチキ教祖のマヌケさを強調しようとするのに、この映画はシリアス・コミカル両シーンでまったくトーンを変えないため、初めて見た場合ここが笑うところだと気付けず、大マジメな態度で望んでしまいうまく楽しめません。
 
 そういう意味では主役のレッド役のニコラス・ケイジの使い方が非常に巧みで、この人が映ると画面がなごみ、笑って大丈夫という空気が自然と生まれるので、ニコラス・ケイジの出番が増える後半は段違いに見やすくなります。
 
 インチキ宗教がデタラメな教義を大マジメに語るように、この映画もふざけたシーンを意味ありげに見せるので、あまり作品のトーンに引っ張られてしまうと本質を見失い、素直に楽しめなくなります。
 

ありふれた復讐譚をアートで語って見せる後半パート

 
 本作最大の魅力は、映画全てがアートで表現され、似たようなジャンル作品と完全に差別化されていることです。
 
 前半パートは、海外ドラマの『アメリカンゴッズ』のような、レッドとマンディが二人だけの世界に生きている様を直接的な演技やセリフよりも、宇宙など抽象的なイメージを交えながら映像の力業ちからわざで表現しきってしまう手法を取っており、その力量とセンスに圧倒されました。
 
 打って変わってジャンル映画的な後半パートは、初見時は変わった試みをする面白い映画だなくらいの印象でした。しかし、何回も見る内に徐々にダンテの『神曲』のように、最愛の人を求めて地獄をさまよう叙事詩に見え始め、気付いたらこの作品の虜になりました。
 
 パノス・コスマトス監督はダンテと同じイタリア生まれで、ところどころ脇腹を刺されることや手に杭のようなものを打ち込まれるなど、イエス・キリストの聖痕であろう描写があり、神曲と同じく宗教色が強くどうしても意識しているのかなと思ってしまいます(脇腹を刺すロンギヌスの槍の代わりの短剣がチープに点滅していて、まったく聖なる短剣に見えず笑えます)。
 
 神曲の地獄めぐりを思わせる壮大さに、ニコラス・ケイジのどちらかというと笑いを誘うコミカルな演技のミスマッチ感が絶妙で、抽象的でアートなのに親しみやすいという相反する魅力を備え、見れば見るほどこの映画が愛おしくなりました。
 

最後に

 
 カルト映画マニアであるニコラス・ケイジもこんな狂った映画に出演出来てきっと大喜びしたであろう大傑作!
 
 

 

 
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