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貴志祐介作品でも異色中の異色である大殺戮バイオレンスコメディ 「悪の教典 上・下」 著者:貴志祐介 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 貴志祐介
発売日 2010年7月30日

短評

 
 作者の人間性に対して不信感を抱くほど、貴志祐介小説の中で最も凶悪で、最も倫理観が欠如した、悪趣味な大殺戮サイコホラーコメディ。
 
 生まれた時から人間的な感情を持たない完全なるサイコパスの殺人鬼教師が、気に喰わない生徒やモンスターペアレント、同僚の教師を好き放題殺していく様をおふざけに徹しきった調子で描くという、これまでの貴志祐介作品とは一線を画するような大胆な内容。
 
 ただ、衝撃のクライマックスに一極集中型の構成なため、いつもの貴志祐介作品に比べると終盤に辿り着くまでは単調な展開に付き合うこととなり軽く忍耐も強いられる。
 
 その分、中編小説一本分ほどのボリュームがある、ブラックな笑いをこれでもかと散りばめた大殺戮シーンが一度読んだら忘れられないほどのインパクトがあり、良くも悪くも貴志祐介作品の中でも異彩を放つ、問題作中の問題作。
 

サイコパス殺人鬼教師の2年4組観察日誌

 
 この小説は、生まれつき人としての感情を一切持たず、善人に擬態して生きるサイコパスで殺人鬼の高校の英語教師蓮見聖司はすみせいじが、自分の思い通り洗脳できない生徒や、自分の邪魔をする同僚の教員を殺害して排除していくというサイコホラーです。
 
 設定だけ見るといかにもトマス・ハリスの小説の登場人物であるハンニバル・レクター博士のような、社会にひっそりと紛れたサイコパスの殺人鬼が獲物をこだわりの手段で殺害していくというサイコホラーですが、中身はそれとは異質で徹頭徹尾コメディです。
 
 人の弱みにつけ込み社会的に抹殺する時も、邪魔者を情け容赦なく殺害する時も、挙げ句の果てに大量殺戮を決行する時でさえ片時もユーモアを忘れない、悪意に満ちた爆笑ギャグがてんこ盛りで、貴志祐介作品の中でも際立って異彩を放っています。
 
 本作はクライマックスの凄まじい展開が肝であり、そこに的を絞り準備に膨大な量のページが費やすため、ストーリーと呼べるようなハッキリとした話の筋が存在せず、終盤までは若干の読み辛さが付きまといます。
 
 一番似ている構成は『新世界より』で、これまで積み上げてきたものを豪快に崩すラストの衝撃展開が何よりも売りなので、他の貴志祐介作品のように終始楽しさが持続するという読みやすい内容とは異なります。
 
 特にサイコパスの殺人鬼である蓮見という主人公に感情移入させ切るため、私立高校の日常風景を蓮見視点で延々と追うパートがかなり長めに取られており、少々退屈に感じる瞬間もありました。
 
 作者が自作を解説する『エンタテインメントの作り方』を読むと、この小説を書く前に、実際に学校の教員にインタビューや取材をして現代の学校の内情を調べてから執筆に入ったと書かれているため、多分この時の取材で得た情報が勿体なくて本筋と関係ない細部の描き込みをバサバサ切れなかったのだと思います。
 

 
 ただ、その分本当に高校の教師の日常業務を疑似体験するような面白さもあり、やる気のある若手の教師と団塊世代の給料泥棒なだけの無気力な教師の関係性も人間味たっぷりに描かれ、物語を通じて職員室に流れる空気が自然と肌に馴染んでいきます
 
 ここの部分をしっかり描いているため終盤の木を隠すなら森の中を拡大解釈し過ぎたトンデモ展開が荒唐無稽なだけになる愚も避けられており、読んでいる最中は多少の不満も覚えましたが、読み終えるとこの単調な教師描写も必要だったなと納得できます。
 

時間配分に注意しないといけない、大ボリュームのクライマックス

 
 中盤までは蓮見という絶対に教師という職業にだけは就いてはいけない最凶最悪の殺人鬼の日常や物の見方・考え方を丁寧に追っていくパートが続き、ようやく終盤この小説最大の見所である大殺戮劇が幕を開けます。
 
 物語の3分の2がクライマックスを盛り上げるためだけの準備と言っても過言ではないので、この終盤の殺戮劇は貴志祐介作品の中でも上位の面白さでした。
 
 唯一困るのが、全体の3分の1ほどを占めるクライマックスが非常に長く、途中で中断できないことです。起こっている出来事的に途中で読むのをストップして後日再スタートというワケにはどうしてもいかない、緊張感を途切れさせると場面が台無しになる類の内容なので、ある程度一気に終盤を読み終える時間を確保してから突入しないと後々後悔します。
 
 ラストの大殺戮は計画はずさんでも勢いで見せきってしまうため、多少読むのに時間は掛かっても体感ではあっという間です。
 

必死で命乞いする三匹の子豚たちを笑いながら散弾銃で射殺していく狼

 
 この小説の、主人公の蓮見がサイコパスの殺人鬼教師なのにまるで生徒の味方のような善人のフリをして無垢な子羊である生徒や他の教員を手玉に取っていくという展開は、同じ作者が書く『防犯探偵・榎本』シリーズの泥棒なのにしれっと防犯のプロを装う態度と似た視点の置き所だなと気付きました。
 
 蓮見と榎本どちらも常識という柵の中で生きる無防備な人間に対しその外側に生息し、腹が減ったら柵の中にいるマヌケな獲物を見つけて平らげてしまえばいいという凶暴な捕食者として描かれ、その視点をあえて体験することで読者に自分が喰われる側の羊であることを自覚させ、柵の外の危険に目を見開かせようとする意図を感じます。
 
 作中でも三匹の子豚が例えとして使われるように、わらや木は論外で、レンガで家を建てたところで、蓮見は善人を装い侵入を企てそれがバレたらショットガンで錠を破壊して殺戮を行うし、榎本はピッキングで鍵を開けて家の中に潜り込み金目の物を物色するしと、とにかく狡猾な狼たちに対して絶対安全なんて防衛策はないから油断するな、常に外敵を警戒し続けろと、作品が警告を発しているように見えなくもありません。
 
 ただ、問題は本作に限ってはメッセージ性うんぬんよりも悪趣味極まりないコメディとして存在感がありすぎ、どうしても堅い受け止め方をする気になれないことです。
 
 特にクライマックスの大殺戮の最中にある生徒が歌い出す『恋のホザンナ』という架空のアイドルソングの歌詞が、これまでの貴志祐介作品の中でも一番の大爆笑をかっさらい、もう他の細かいことなんて全部吹き飛ぶほどインパクトがありました。
 
 この小説を読んで最も記憶に残るのは、凄惨な殺人の風景でもなく、サイコパスの中にある一欠片ひとかけらの人間性のようなものが垣間見える瞬間の動揺などより、『恋のホザンナ』の衝撃のほうで、コメディ小説としては貴志祐介作品の中でも間違いなく最高の出来……どころか、自分がこれまで読んだあらゆる小説の中でも一番笑ったかもしれないと思うほどで、活字でこんな凶悪な笑わせ方もあるのかと感動します。
 
 『狐火の家』という防犯探偵・榎本シリーズの短編集の笑いのセンスが酷すぎたので、若干貴志祐介さんの笑いの感性に対して懐疑心を抱いていたのが本作の爆笑バイオレンスコメディの衝撃で全部吹っ飛んでしまいました。
 

最後に

 
 一番最初に触れる貴志祐介小説がこの人間をギャグめかしてゴミのように殺害していく内容だと、作者は心に闇を抱えているのではないかと本気で誤解するので、ある程度他の作品を読んで、この作者がこんな酷いものを書くなんて異例中の異例と理解出来る程度の信頼関係を築いてからのほうが無難だと思います。
 
 これまでの過激なホラーでも誠実さが透けて見える作風とは対極の、誠実さ完全にゼロな小説で、その分貴志祐介作品の中でもブラックな笑いを売りにするコメディ小説としては振り切った面白さでした。