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【伝奇小説】幾人もの記憶が生み出す複雑怪奇な模様 |『狂骨の夢』百鬼夜行シリーズ #3 | 京極夏彦 | 書評 レビュー 感想

作品情報
著者 京極夏彦
出版日 1995年5月8日
評価 90/100
オススメ度
ページ数 約984ページ

小説の概要

 
この小説は、太平洋戦争直後の日本を舞台に、古本屋「京極堂」の店主であり、宮司ぐうじ・陰陽師でもある中禅寺 秋彦ちゅうぜんじ あきひこが髑髏と夢にまつわる怪事件の謎を解き明かす百鬼夜行シリーズの3作目です。
 
2作目の『魍魎のはこ』事件の2ヶ月後から物語は始まりますが、注意すべき点は前作の犯人がネタバレしていることくらいで、内容を覚えていなくても特に支障はありません。
 
それぞれ無関係に見える髑髏どくろと夢を巡る複数の事件がリレーしながら次第に合流し壮大なスケールの伝奇ミステリーとなっていく様は圧巻でした。
 
しかし、思い入れがさほどない初登場人物の髑髏と夢の話を延々読まされるため、前二作とは比べものにならないほど読むのに苦労させられます
 
それに小説全体が過剰な説明で埋め尽くされており、伝奇としては設定が濃厚な反面、一読しただけでは全てを理解するのは到底不可能な難解さです。
 
物語の完成度は前二作と比べ何ら劣ることはないのに、もう少し同じ話をコンパクトにまとめられなかったのかという不満も残ります。
 

髑髏や夢にまつわる怪奇譚、国譲りの神話、密教の怪しい儀式、フロイトとユングの精神分析が交差する壮大な伝奇ミステリー

 
今回も話の構造としては『魍魎の匣』と似ており、見知らぬ他人の記憶が混じっていることで苦しむ女の身の上話と、金色髑髏こんじきどくろという金色の髑髏が海を漂う姿が目撃される怪事件、山で発見されたまるで共通点の無い者同士の集団自殺事件の謎など、一見一つ一つに関連があるように見えない事件が複雑に絡み合い一つの物語として合流していく内容です。
 
『魍魎の匣』も複数の事件が絡む壮大な物語でしたが、まさか海を漂う髑髏と奇妙な夢、神話や密教、フロイトやユングが全て重なるのかという意外性で言うとこちらのほうがより勝ります。
 
しかも一つ一つの事件が単独の伝奇小説として成立するほど緻密な設定が用意され、それらが見事に絡むラストは圧巻でした。
 
京極夏彦さんの博覧強記ぶりが恐ろしくなる、一体普通の小説何冊分のアイデアが詰め込まれているのか分からないほど凄まじい情報量で、ここまで徹底すると作中で京極堂が物知りとして一目置かれているという説得力や、その知識量を用いて相手の苦しみを的確に見抜き憑き物落としが可能という設定に何ら疑問を挟む余地もなく、安心して物語に身を委ねられます。
 
ただ、『姑獲鳥うぶめの夏』や『魍魎の匣』のような事件の渦中にいる登場人物に感情移入させて一気に読ませる過去作に比べると読み辛さが増しました。それは、他人の身の上話を聞き続けそれらが勝手に繋がっていくという、読者を事件そのものからやや遠ざける距離感の語りなためで、それゆえ幻想的な物語に呑まれてしまうという倒錯感はありません
 
なので、妖しい奇譚に酔いしれ、物語に引きずり込まれ抜け出せなくなるような感覚が最高だった『魍魎の匣』と比べると遙かに物足りませんでした。
 

常に眠気との戦いを強いられる壮大な前置き&説明群

 

本作の長所であり最大の問題点でもあるのが、壮大なスケールの伝奇ミステリーを支えるために語られる尋常ではない説明量の多さです。体感としては物語を読んでいるというよりはひたすら設定や説明を読まされる感覚に近く、苦痛すら伴います。
 
とにかく大量の説明で読書中に何度も眠気に襲われ、読み進めるのに非常に根気がいる上に、読めば読むほど頭が情報で溢れかえり序盤に読んだ内容を次から次に忘れていくので呑気に時間も掛けられないと、読む手間は過去二作とは比べものになりませんでした
 
内容も、日本各地の寺や神社、それらの本尊や祀られる祭神の名前やその細かい由来、百鬼夜行シリーズらしい妖怪の説明、仏教やキリスト教の様々な宗派や教義内容の説明、日本の神話や天皇にまつわる歴史、フロイトやユングといった夢と関連する精神分析の話と多岐に渡り、完全に自分のキャパを超えます。途中から小説を読んでいるのか学術書を読んでいるのか分からなくなるほどです。
 
ページ数は『魍魎の匣』とほぼ同じなのに、体感としては1.5倍くらいの長さに感じました。『魍魎の匣』は先の気になる展開でグイグイ引っ張ってくれるのに対し、こちらはひたすら意味深な説明が繰り返され、それが謎解きの始まるラスト直前まで続くため、自分は一体何の話を読まされているのか皆目分からないという不安が終始拭えません。
 
本作は長所と短所が見事なまでに表裏一体で、尋常ではない説明量のおかげで下手にやったら荒唐無稽になるだけの宗教・神話・歴史・哲学を絡めた壮大な伝奇ミステリーに命が宿るという利点がある一方、しかしそのせいで説明をひたすら読まされ続ける苦痛を伴うという欠点も抱えています。
 
ハッキリ言ってこの『狂骨の夢』という小説は明らかに無駄に話を引き延ばし、説明のための説明を過剰に詰め込み過ぎで、物語としての質を落とさないままもっと幾らでも無駄を切り詰め軽量化し読みやすくできたと思います。
 
さすがにここまで説明だらけだと気軽にもう一回読み直そうなどとは到底思えません。
 

ミステリーとしてはややワンパターン気味

 
不満と言うほどではないですが、読んでいて気になったのは謎が明かされる場面の情報の提示がイマイチその謎に対して効果的でない箇所が多いこと。
 
実は複数の人間の些細な勘違いによってとんでもない悲劇が起こっていたということが明らかになる場面は、事前に読者に必要な情報を教えて、読者が頭の中でそれらを勝手に結びつけて自ら気付いてしまうというやり方のほうが絶対に衝撃が倍増したのに、無難に京極堂の口から説明してしまうので惜しいなと感じました。
 
このような、実はこの事件とこの事件はここで重なっていましたということが明らかになる場面や、この人の勘違いが別の事件を引き起こしてしまったという悲劇を理解できる決定的な情報は全て京極堂や他の人物が握り、読者は全て後出しで説明されるだけなので、ミステリーとしてはやや謎解きが受け身一辺倒すぎて単調でした。
 

最後に

 
幻想的な物語に酔いしれるというより、伝奇ミステリーを成立させる設定の緻密さに感心させられると言ったおもむきで、過去二作とはやや面白さの質が異なります。
 
しかし、京極堂の理路整然とした指摘で事件関係者たちの憑き物が落ちていく様はまさに百鬼夜行シリーズそのもので、このような理屈で畳みかける憑き物落としのやり方もアリだなと思えました。
 
山のような説明量の多さに辟易しつつ読み進めると、ラストにはまったく関連があるとは思えなかった個々のエピソードが巨大なマンダラの如く一つの模様を描き出すその見事な収斂しゅうれんぶりにはただただ圧倒されるばかりでした。
 

百鬼夜行シリーズ

タイトル
出版年
魍魎の匣 #2
1995年
鉄鼠(てっそ)の檻 #4
1996年
絡新婦(じょろうぐも)の理 #5
1996年
塗仏(ぬりぼとけ)の宴 宴の支度 #6(前編)
1998年
塗仏(ぬりぼとけ)の宴 宴の始末 #6(後編)
1998年

京極夏彦作品

 

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