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【小説】高知の田舎ヤクザ盛衰記 |『鬼龍院花子の生涯』| 宮尾登美子 | 書評 レビュー 感想

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映画版 予告

評価:85/100
作品情報
著者 宮尾登美子
出版日 1980年1月

小説の概要

 
この作品は、高知県田舎ヤクザである鬼龍院一家の繁栄と没落を描く小説です。
 
見栄のために散財しては借金まみれとなるヤクザの台所事情や、女をただの所有物扱いする鬼龍院家の劣悪な環境、日本が近代化する過程で居場所がなくなり衰退していく高知のヤクザたちと、鬼龍院家の養女・松恵の視点で鬼龍院一族が辿る惨めな顛末が語られます。
 
基本は『平家物語』における平家の繁栄と没落を田舎ヤクザに重ねており、血湧き肉躍るような極道ものというよりは栄えた者は皆滅びるという無常観が漂う小説です。
 

滅びの作家宮尾登美子

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この小説最大の魅力は終盤に待ち受ける鬼龍院一家のえげつないほどの落ちぶれ描写です。
 
中盤までは田舎ヤクザである鬼龍院一家が高知県内において勢力を拡大していく様が描かれますが、ここは過去作『岩伍覚え書』と起こる出来事が被っており正直そこまで魅力は感じませんでした。
 

 
この小説は同じ侠客が主人公である『岩伍覚え書』にどことなく雰囲気が似ています。あちらは講談のようなリズミカルな文体で読みやすく、しかも女衒ぜげん(料亭や遊郭に女性を紹介する職業)を営んでいた作者の父親が残した日記を元に細部まで大正・昭和の女衒ぜげん稼業のリアリティを突き詰めて書かれた大傑作だったのに比べ、この小説は完成度でやや劣ります。
 
しかし終盤ヤクザの悲惨な転落劇が始まってからは、もう先が気になって気になって止まらなくなりました。いつも女性の不幸の描き方に一切の妥協がない宮尾登美子さんだけに、栄えたヤクザが転落していく様にも人情は皆無で、そこまでやるかと恐れおののくほど鬼龍院一族の者たちを地獄の底まで叩き落とし、読んでいて不憫にすらなります。
 
『岩伍覚え書』を読んだ際に、金を借りに来る人間たちへの視点の置き方から漫画の『闇金ウシジマくん』を連想しましたが、コチラの小説を読むとそれすら生ぬるく、登場人物のだらしなさ、その者たちへの当たりの強さは『岩伍覚え書』より数段コチラが上です。
 
鬼龍院一家の中でも頼りがいのある人間は早々に物語から退場させ、誰かに養って貰うだけの生活能力が皆無な女だけが生き残り、その者たちを情け容赦なく死ぬまではずかしめるため、読んでいて辛いと同時に人間はどこまで転落するのか見届けたくもなり終盤はほとんど一気読みでした。
 
この栄えた一族が転落するみじめさは『宮尾本 平家物語』の平家の都落ちの描写にも引き継がれており、繁栄した一族の破滅や転落を描く手腕に関しては宮尾登美子さんは無類の天才だなと思います。
 
破滅のさせ方が読んでいて自分もこうなったら怖いと身に沁みて思えるような、怠惰たいだが溜まりに溜まり、その破滅は事前にある程度予想できていたのにも関わらず、なんとなく見て見ぬ振りして目先の快楽を選んできた自業自得のような破滅の仕方なため、人生計画を立てて日々を生きないと自分もいつかこうなってしまうかもと教訓が残ります。
 

映画版は日本の映画史に残る大傑作!!

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この小説は1982年にごしゃ英雄ひでお監督により映画化されていますが、そちらは小説の映画版としても単に一本の極道映画としても大傑作間違いなく宮尾小説の映像化作品の中でもトップの完成度です。
 
特にヤクザ一家の大黒柱である鬼政役の仲代達矢は完璧といっていいほどのハマリ役で、この映画を見ると鬼政イコール仲代達矢というイメージが刷り込まれます。
 
映画版のストーリーは原作小説に部分部分忠実ながら、主人公が鬼政に変えられている関係上、鬼政を中心とした鬼龍院一家がライバルのヤクザ組織と抗争を繰り広げる極道映画になっています。
 
そのため同じ破滅を描く点は同じながら、映画版は極道ものとして派手に暴れて一矢報いるような大見せ場の用意された破滅の仕方で、原作は真綿で首を絞められるように生活が困窮していくだけの惨めな破滅と、同じ破滅でも原作とは受ける印象は真逆です。
 
それでも仲代達矢のパーフェクトな鬼政ぶりを味わうと、この極道もの路線への変更も止む無しと思えます。それほどまでに仲代達矢のハマリ方は常軌を逸しており、原作改変をしてでもこの人を中心にストーリーを作るのは当然と納得させるだけの力がありました。
 
仲代達矢以外の点も概ね不満は無く、脚本は多少原作と設定が違っても大丈夫と思えるほど単純に完成度が高く、撮影も役者の演技も美術も申し分ありません。
 
特に脚本は原作小説を読んでいると脚色の丁寧さがより分かります。例えば、鬼政が囲っている愛人二人が鬼政の寝床がある二階に昇る際、正妻である歌がそれを見届けた後に茶碗酒で酔っぱらい、これまた鬼政がさらってきたつるに絡むという場面は、妻がいる家の中で愛人を平然と抱く鬼政に対する怒りをつるに八つ当たりしている様が手に取るように分かり、これは断片的に情報が配置されるだけの原作よりも優れた場面でした。
 
原作では、歌は単に茶碗酒でよく酔っぱらっている人という描写だけありますが、映画版ではこれをストーリーの流れの中に自然に組み込んでいるおかげで歌の惨めな心境が原作小説より深く強く伝わってきます。
 
それ以外も、歌が病死する際に電球が点滅し命が尽きる瞬間を映像的に表現し、その後に今度は無数の電球がある場所でチャンバラをすることで電球の光イコール命の灯火のようなイメージを成立させるなど、映像作品としても一級の出来で、これまで見た宮尾小説の映像化作品の中でも頭一つ飛び抜けた大傑作でした。
 

ただ問題は、鬼政が主役なせいで『鬼龍院花子の生涯』というタイトルがまったく内容と合っていません。原作は花子の惨めな人生を長々と描くのでこのタイトルでしっくりきます

最後に

 
宮尾登美子作品は映像化されると原作と別物になり落胆させられることも多々ありますが、この作品は映画版が原作に負けず劣らずの大傑作なため映画版だけでも見る価値はあります
 
原作小説のほうは、見ようによってはアリとキリギリスの寓話のように、遊んでばかりのキリギリスは不幸になりマジメに働いたアリは最後は幸せになるという単純な話とも取れますが、いくら何でもそこまでキリギリスに地獄の苦しみを与えなくてもいいだろうと思わせるほど怠惰な者をいたぶり続ける描写が徹底しており、アリのようにマジメに生きたいというよりはキリギリスにだけはなりたくないという恐怖を植え付けるような、そんな小説でした。
 

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