著者 | 乾緑郎 |
出版日 | 2020年1月27日 |
評価 | 85/100 |
オススメ度 | ☆☆ |
ページ数 | 約480ページ |
小説の概要
この小説は、カラクリで動く機巧人形 の伊武 が登場する『機巧のイヴ』シリーズの三作目です。前作である『新世界覚醒篇』から約25年後というわりと近い時代のため登場人物の多くは引き続き登場します。
物語は、大正時代風の日本(作中では日下國 という国名)の天府 を舞台とする前半部と、日本の傀儡国家であった満州国をモデルとした如洲 が舞台となる後半部に別れる、シリーズの中では初めて前後編で舞台が移動する構成です。
作風は、奇譚に寄った一作目ではなく、二作目の実際に起こった歴史上の事件や組織、人物を踏まえる伝奇に近い方式を踏襲しています。
今作では、関東大震災や、震災で起こった日本人による朝鮮人に対する虐殺や、日本陸軍の731部隊による残虐な人体実験など、前作より日本の負の歴史をモチーフとする話が多く、三作品の中では最も暗く重い内容です。
続編ゆえの痛み
今作も『新世界覚醒篇』と同様に、実際に起こった歴史的事件や組織、人物などを元にしつつ、そこに機巧人形のイヴを絡めるという伝奇小説のようなスタイルを取っています。
そのため、前作がアメリカの負の歴史に機巧人形を絡ませるスタイルだったのと同様に、関東大震災の際に日本人が行った外国人に対する虐殺や、満州での731部隊による人体実験に機巧人形や主要人物が巻き込まれるという、シリーズでは最も残虐で重い話になります。
この負の歴史に機巧人形が巻き込まれるという試みは前作より今作のほうが遙かに強烈でした。なぜなら、登場人物の大多数が前作の『新世界覚醒篇』と同じかその家族なため、読者に取って思い入れのある人たちが歴史的な事件によって人生をズタズタに引き裂かれる様を見せ付けられるからです。
今作のアプローチは、シリーズもので登場人物が同じという点を最大限生かしており、前作でこの人たちの未来に幸あれと願ったキャラクターたちが他者への想像力の欠如によって引き起こされる悲惨な事件に巻き込まれ、無慈悲なまでに人権を蹂躙され、人間性を破壊され尽くす様は他人事では済まされない生々しい感触があります。
二作目の『新世界覚醒篇』からこのシリーズが目指している、機巧人形を人間の負の歴史の目撃者として立ち会わせ、その愚かしさを機巧人形の目を通して読者にも体験させるという手法がようやくこの三作目でうまく噛み合ったなという手応えがありました。
ただ、震災の際に自警団が外国人を虐殺しているという場面が単純な悪人のような描かれ方をしているのがやや気になりました。
ごくごく普通の人がデマによって理性を失い恐怖に駆られ暴徒と化すのが怖いという話なのに、これを変に悪人っぽく描くと問題が単純化して見えます。どんな時代、どんな場所でも起こり得る話で、しかも立場によっては自分も加害者側に荷担するのではないかという恐怖が薄れてしまうので、暴徒はあり得たかもしれない別の自分の姿に見えるくらい身近な存在として描いて欲しかったです。
前作から変わらない問題点
機巧人形が負の歴史に巻き込まれ、その目撃者となるという点は前作より踏み込んだ内容となり、しかもシリーズものとしての利点をうまく利用するなど完成度は上がっていると思います。
ただ、前作同様に実際に起こった歴史的事件や舞台となる時代背景を無造作に並べるだけという問題は変わっておらず、作品全体としてはまとまりに欠けます。
事前に期待していた大正時代っぽさはほとんどただの空気でしかなく、同じ天府が舞台でも一作目の江戸風には遠く及びませんでした。
一作目は江戸風の町に本来なら存在しない文化や風習、テクノロジーを忍ばせ江戸っぽいのに江戸とは異なる町という妖しい魅力をしっかり出せていたのに、今作はやたら大正時代に寄せようとし過ぎるせいで、大正時代の表面をなぞっているだけで時代そのものへの見え方が変化するほどの差異もなく、やや味気ないです。
本来なら大正時代に存在しない異物が自然と日常の中に紛れていることでこのシリーズらしさを出さないといけないのに、その点が物足りませんでした。
ユーモアを多用する点も、江戸時代風の世界なら時代小説風に洒落 た笑いにするとか、探偵小説風なら探偵小説に相応しいシニカルな笑いにするとか、大正時代風の世界ならややレトロな笑いにするという工夫もなく、どの時代も基本は現代人っぽい感性の笑わせ方をするので、そこはまったく好きになれません。
過去だろうと外国だろうと現代日本人的な感性をそのまま持ち込んでしまうとライトノベルのような軽さが出てしまいます
読んでいる時は話の先が気になるためさほど引っかからなくても、後々振り返ると関東大震災って実はストーリー的には特に意味もないとか、絵のモデルがうんぬんの話も本筋と何ら絡んでこず、設定に無駄が多い点は前作と大して違いがありません。
全体的にアイデアが単発で終わってしまうという欠点はそのままで、一作目のような徐々に裏の設定が違う意味を帯びて繋がっていくような快感は皆無でした。
最後に
前作の『新世界覚醒篇』同様に読んでいて退屈などという瞬間は一秒もなく、ほぼ一気読みに近い形で読み終えてしまうほど面白さは安定しています。
作品内で一番のムードメーカーだった者がゼンマイが切れたように沈黙してしまう幕の閉じかたも胸が締め付けられるような余韻を残し、三作品の中では最もラストの作り方が好きでした。
ただ、過去のアイデアをそのまま再利用しているため先の展開がうっすら読めてしまうという問題や、相変わらず個々の設定がてんでバラバラな点は手付かずのままと、気になる箇所も多く残ります。
しかし、『新世界覚醒篇』に比べ機巧人形が人間の負の歴史に立ち会い、図らずも歴史の目撃者となっていくというコンセプトはより洗練され、シリーズものとしての魅力は前作より大幅に向上しました。
機巧のイヴシリーズ
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