著者 | 乾緑郎 |
出版日 | 2018年5月29日 |
評価 | 80/100 |
オススメ度 | ☆ |
ページ数 | 約369ページ |
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小説の概要
この小説は、前作から引き続きカラクリで動く機巧人形 の伊武 が登場する『機巧のイヴ』シリーズの二作目です。前作から約100年以上の時が過ぎているため、寿命のない機巧人形以外の登場人物は一新されています。
物語の舞台も、前作の江戸を模した天府から変更され、北アメリカ大陸をモデルとした“新世界大陸”のゴダム市へと移りました。そのため、作風も時代小説風から探偵小説風にガラリと変化しています。
設定も、日清戦争や、1893年のシカゴ万博 をモチーフとするゴダム万博、トーマス・エジソンとニコラ・テスラが直流・交流の送電システムで争った電流戦争、非合法の手段で労働組合潰しを行っていたピンカートン探偵社に似たニュータイド探偵社が登場するなど、実際の歴史的事件や組織を下敷きとしたものが多く、人間と機巧人形が織り成す奇譚が中心だった前作とはほぼ別物の作品になっています。
前作と設定的な繋がりがあるため続編と言えば続編ですが、もはや機巧人形は物語とまるで関係しておらずただの狂言回し程度の存在で、主要な舞台となるゴダム市も天府と比べ町としての表情に乏しく、無駄のない引き締まった作風だった前作に比べ全体的に弛緩 してだらしなくなるなど、小説としての完成度はやや後退しています。
何もかもバラバラでブレブレな続編
前作が一話完結型で徐々に短編同士が繋がっていく連作短編のような形式だったのに対し、今作はオーソドックスな長編小説となり、単純な読みやすさは向上しました。ただ、前作との最大の違いは話の中心が機巧人形ではなく、元スパイの主人公が抱える罪の意識になったことです。
前作の主要人物であった機巧師の釘宮 久蔵 が元スパイで、過去に保身のため大切な人を密告した罪の意識に囚われ苦しみ続けているという部分が今作ではより増幅され、作品の主柱になりました。
そのため機巧人形を巡る物語から、主人公が過去に軍事スパイとして敵国に潜入し軍による民間人虐殺事件に関与したことや、ピンカートン探偵社を模したニュータイド探偵社で労働組合潰しに荷担し大企業に逆らう罪なき労働者を密告し犯罪者に仕立て上げた罪悪感に苦しみ続ける話となり、作品から受ける印象は前作とは別物です。
設定やストーリー、テーマが最も似ている作品は、アメリカ先住民の虐殺や義和団事件に関与した者が抱える罪の意識を描くゲーム『バイオショック インフィニット』です。作者はゲーム好きなのでしょうか?
最初は人間と機巧人形が織り成す悲劇的な奇譚や、天府という架空の江戸時代風の町の魅力ではなく、釘宮 久蔵 が抱えていた元スパイが抱える罪悪感を引き継ぐのかとその意外性に驚きました。
ただ、今作の問題は元スパイの罪の意識を中心に据えたことではなく、単純に機巧人形や万博、大企業と労働組合の対立構図、直流と交流の電流戦争、探偵小説風スタイルなど、作品内のあらゆる設定がてんでバラバラでまったく噛み合っておらず、まとまりがないことです。
前作の、全ての素材が完璧に噛み合いカラクリ細工のような調和を生み出す名人芸は微塵もなく、ただただ思い浮かんだ設定を雑に放り込んでぐちゃぐちゃに配置しただけで相乗効果が生まれておらず、個々の設定の魅力がまるで活きていません。
これは前作の設定は作者が心の底から好きで扱い方を熟知しているものを厳選しごちゃ混ぜにしているのに対し、今作は思い入れがさほどない設定を並べているためだと思います。
しかも、読者に対して情報を明かすタイミングや、逆にどの情報は伏せておいたほうがいいという語りのテクニック面も工夫がありません。すでに読者が知っている事実を主人公は知らない状態が延々と続くなど、読んでいて情報が整理されておらずモヤモヤする箇所が数多くありました。
多々ある不満の中で、特に今作で最大の問題だと思うのが、主人公の苦悩と機巧人形がまったく関わりがないこと。愛国心を言い訳に人を人とも思わない残虐な行為に荷担した主人公と、機巧で出来た本来なら魂を持たないはずの人形を人のように愛しむ者との対比構造になっておらず、シリーズとしてはブレブレに見えます。
視点があちこち飛び回る群像劇スタイルのせいで主人公の苦悩も霧散しがちで真に迫るものがありません
ただ、シカゴ万博をモチーフとするゴダム万博にテーマを集約させるというテクニックは好きでした。白人による有色人種や黒人への人種差別や、大企業と低賃金で酷使される労働者の対立構造など、社会問題をまとめて万博に組み込んでしまい、社会の脆弱性を万博の目玉となる大観覧車に象徴させて語る手法はムダがありません。
ただ、自分とは異なる国の人々や、肌の色が異なる他人種への想像力や思いやりと、カラクリ仕掛けで動く人ならざる機巧人形への想いが重なるように描けていればよりテーマが際立つ傑作になれたとも思います。
最後に
並の小説に比べたら遙かに面白く、読んでいて退屈な瞬間はほぼありません。
しかし、設定がまるで噛み合っていないやや散漫なストーリーや、そこで暮らす人々や町の表情が一切描かれない味気なさ、似た言い回しが多用される文章への配慮のなさなど、細かい粗 がやたら目立ち、小説としての出来は前作に遠く及びませんでした。
機巧のイヴシリーズ
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