著者 | 乾緑郎 |
出版日 | 2014年8月22日 |
評価 | 95/100 |
オススメ度 | ☆☆☆ |
ページ数 | 約384ページ |
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小説の概要
この作品は、江戸時代を模した架空の世界で、『神代 の神器 』と呼ばれる天帝家に伝わる謎の機巧人形 を中心に、様々な人物や勢力の思惑が交錯する連作短編のような小説です。
舞台となる“天府 ”に漂う江戸情緒 のような小粋な雰囲気と、カラクリ仕掛けの“機巧人形”が醸すクロックパンク風味が見事に融合し、斬新な江戸時代風世界の創造に成功しています。
そこに天帝家と将軍家の権力争いや、コオロギを戦わせる“闘蟋 ”に熱狂する人々の様子、各勢力の隠密が蠢くスリルのある諜報戦や忍び同士の殺し合い、人と機巧人形が織り成す怪談や古典落語的ですらある奇譚が合わさるなど、作者の好みが全部ごちゃ混ぜになった良い意味で雑多な作風が最高です。
江戸時代っぽさやクロックパンク風味、闘蟋 、隠密の諜報活動や機巧人形が絡む悲劇的な奇譚など、一つ一つのパーツ自体はバラバラなのに、それらが噛み合った際にカラクリ細工のように全体が調和する様は圧巻でした。
カラクリ人形を題材とするカラクリ仕掛けの小説
この作品は、前半はカラクリで動く機巧人形と人間が織り成す一話完結型の奇譚が中心の短編となり、後半からは一転し前半の短編でさり気なく登場した情報が絡み合っていく長編小説の語りになるという変わった形式の小説です。
最初長編小説だと思って読み始めたら途中で唐突に話が終わるので「これ短編なのか・・・」と一旦モチベーションがガクッと下がりました。しかし、そのまま構わず読み進めると、実は全エピソード裏で話が繋がっており、次から次に前のエピソードで起こった出来事の意味合いが塗り替えられていく連作短編のような形式なのだと分かると俄然面白味が増します。
単純な物語の面白さ以外も、江戸風の町である“天府 ”を舞台に、そこで暮らす武士や遊郭の遊女たち、相撲取り、湯屋で客の背中を洗う三助 、幕府の隠密(お庭番)やカラクリ細工を得意とする機巧師、中には人々が熱狂するコオロギを戦わせる遊戯である闘蟋 で不正がないか審判する闘蟋 改方 といった笑ってしまうようなものまで様々な職業が描写され、江戸情緒ならぬ天府情緒を構築していく作者の手腕は見事としか言い様がありません。
他の乾緑郎作品も職業描写の細やかさからリアリティを構築していくものが多く、その点はこの作品も同様でした。それぞれの登場人物の生き様と重なる職業を念入りに描き抜くことで市井の人々の生活感が出せており、この天府 という町が本当に存在するかのような錯覚すら覚えるほどです。
この小説を読んでいると物語や個々のキャラクターの魅力もさることながら、天府 という、中国文化である闘蟋 のような中華風味と江戸情緒が仲良く手を取る町の雰囲気が好きで好きで堪らなくなります。
間違いなく自分がこれまで読んだ小説に登場した舞台の中でもトップクラスに好きな町でした。
作風は江戸時代を描く硬派な時代小説風なのに、読んでいる時の感触はスチームパンク風でもあり、この何のジャンルの小説を読んでいるのか分からないふわふわとした倒錯感が最高です。
まるで江戸パンクですね。天府の何気ない日常を描いた浮世絵が欲しくなります
ごった煮なのに引き締まった文章
この作品は、作者が好む素材をごちゃ混ぜにしたような雑多な作風なのに反し、文体は江戸っ子のような華美を避けるようなさっぱりとしたもので洗練されています。
この、しつこさが皆無なこざっぱりとした文章の読み心地が良く、ついつい癖になりました。
ただの想像ですが、多分本作は舞台となる天府 や各勢力の設定を本来はもっと大量に用意していたのに、それらを余計なものとしてバッサリ削ったため、この見事に引き締まった読み応えになっているのだと思います。
この江戸っ子の気質をそのまま文体にしたようなさっぱりした読み心地に、古典落語の演目のような少し奇想が混じり心がざわざわする余韻を残す奇譚と、江戸時代風という表面上の設定だけでなく、見えないところにも江戸情緒のようなものを込めようという作者のこだわりに感服しました。
この小説を読んでいると、古典落語の演目が現代でも通じる面白さなのは話の所々が奇妙に欠けていて、落語家や聴き手が想像で補う余地が残されているからなのだと考えさせられ、それはそのままこの作品にも当てはまると思います。
最初のエピソードである「機巧のイヴ」のオチは落語というかPS2のゲームである『ネビュラ エコーナイト』ですけどね
最後に
物語のスケールが壮大というほどでもなく、ミステリーとして驚愕のオチがあるワケでもなく、ただただ作家のセンスのみで押し切る世界観や雰囲気で読ませる小説で、天府 という町の虜になりました。
機巧のイヴシリーズ
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