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【歴史小説】織田信長の命である、安土山に築城せよ!! |『火天の城』| 山本兼一 | 書評 レビュー 感想

映画版のPV

作品情報
著者 山本兼一
出版日 2004年6月14日
評価 90/100
オススメ度 ☆☆
ページ数 約430ページ

小説の概要

 
この作品は、戦国大名である織田信長の居城、安土城の普請ふしんを任されたみや大工の岡部又右衛門またえもん以言もちときを主役とする歴史小説です。
 
近江おうみ(現在の滋賀県)の安土山にかつて存在した五層七重の天主(天守)を備えた前代未聞の構造を持つ安土城がたった三年という厳しいスケジュールに追われながらどのような苦難を経て建てられたのか、その過程を大工の視点で追体験するという内容となっています。
 
織田信長が提示する無理難題や、敵の妨害工作、築城にまつわる大小様々なトラブルを大工や石工、木こりと異なる分野のたくみたちが時にぶつかり時に協力しながらも知恵を出し合い乗り越えていくアイデアが何よりも秀逸でした。
 
ただ、大工の棟梁とうりょうが主役で安土城を作る話という渋い設定に対し、どこか職人たちの人間模様の描き方が淡々とし過ぎており、人間味が足りていないという不満も残ります。
 
それでも、戦国時代の城作りを職人視点で疑似体験する趣向は格別で、職人たちの熱い想いを堪能できる味わい深い作品に仕上がっています。
 

お城作りもりっぱな戦!!

 
この小説は、織田信長の命令で大工が安土城を建設するというアイデアの時点ですでに勝利しており、その点に惹かれるならほぼ100%楽しめると言っても過言ではない面白さでした。
 
一つの城を建てるのに一体何百人の職人が必要で、それを束ねる棟梁がどれほど激務で過酷な仕事なのか。
 
城作りに一体どれほどの木材や石材、さらにそれを加工・運搬する人足にんそくを確保しなければならないのか。
 
戦国時代の築城中にはどのようなトラブルが起こり、それをどう知恵を絞って解決するのかという、ありとあらゆる点が新鮮で読んでいて楽しくて仕方がありませんでした。
 
安土城の設計図やデザインを各職人にコンペティション形式で競わせ、主人公が提出したアイデアが採用されるかどうか信長の発表をドキドキしながら聞くくだりなどは我が事のように緊張するなど、退屈な瞬間はほぼありません
 
その道何十年という大ベテランの宮大工が主役という設定に説得力を持たせる、仕事場での職人たちへの細かい指示出し描写や、ライバルだろうと性格が悪かろうと腕の立つ職人へは絶対に尊敬の念を忘れない礼節を重んじる姿勢と、建築物への深い愛情。例え信長の命令に逆らってでも住む者の安全を第一という考えを貫き通す職人としての意地や、大工の視点で語られる膨大な築城に関するうんちくも読んでいて心地良く、終始楽しめました。
 
戦国時代の城作りを宮大工の視点で眺めるという試みは大成功で、この小説を読むと確実に安土城始めこの時代の職人たちが生み出した芸術的な木造建築に対する好感が増します。
 

思っていたよりも盛り上がらないストーリー

 
この小説の致命的な弱点はキャラクターの浅さと、ストーリーの起伏の弱さです。
 
あくまで城(建物)が主役であり、城作りに関する部分は無類の面白さなのに、職人たちの織り成す人間ドラマはサブのような扱いで、安土城と職人たちの悲喜交々ひきこもごもの人生がうまく相乗効果を発揮せず、根本の盛り上がりに欠けます。
 

戦国時代の建築に関する資料調査の熱心さに比べ、ストーリー作りの方は手早く済ませたような感じです

 
特に酷いのが安土城の完成を妨害しようとする六角承禎じょうていが放つしのびたちの妨害工作のバカさ加減です。
 
現実に起こった築城中に巨石が転がり落ちて大量の死者が出たという史実に、この小説オリジナルのアイデアを無理矢理に足した結果、妨害工作というよりただの捨て鉢の嫌がらせにしかなっておらず、無意味な行為にしか見えません。
 
自己中心的で周りが見えない大工のダメ息子が、人望が厚く職人気質で不器用な父の背中を見て成長していくという昭和かと思うほどコテコテの人情劇もさすがに古臭く、全体的に人間ドラマ部分はもう一工夫は欲しかったという不満が残ります。
 

この昭和臭は『男はつらいよ』とか『水戸黄門』の世界ですね

 
その他も、天主の柱に用いる良質なひのきを求め、わざわざ敵方である武田領に忍び込み、武田か織田どちらに付くか悩む領主を説き伏せて材木を調達しなければならないというミッションも特にこれといって苦労もなく、これから一悶着あるのかと思ったら淡々と片付けてしまうだけで拍子抜けでした。
 
いくら武田家が落ち目で滅亡寸前とはいえ、いくらでも盛り上げられたアイデアなのにここは惜しいなと思います。
 
主人公が途中で長年連れ添った妻を亡くすのに、その後あまり妻の死に触れないまま楽しそうに職人仲間たちと城作りを続けるのも違和感しかありません。ここは一体何を考えているのかと呆れました。
 
ストーリー部分は、ドキュメンタリータッチに安土城建築を淡々と描写したい、信長の異常性や狂気を安土城に象徴させて描きたい、職人たちの人間ドラマを描きたいと、片っ端から思い付いた要素をとりあえず並べただけで、作中の表現を借りるなら木材は最高級品なのに木の組み方が雑で建物(ストーリー)がガタガタ揺れているといった感じです。
 
このため、安土城が徐々に完成に近づく高揚感は今ひとつ出せず仕舞いで、完成まで三年という短くない年数が経過しているのに時の重みもそれほど感じません。
 
その結果、建設中に何百人という死者を出し多くの人間の生き血を吸って完成した城が、本能寺であっけなく散る信長と同様に完成からたった数年で燃え落ち、そのあまりにも短い生涯に幕を閉じるという無常観漂う皮肉な運命もうまく余韻として響きませんでした。
 

本作と似たような、改暦というビッグプロジェクトに挑む『天地明察』がいかにキャラクターに変わりゆく時代の空気を反映させ、地味な話も数々の工夫によってドラマチックに仕上げ、改暦という事業に現代でも通じる普遍的なメッセージを込めているのかよく分かります

最後に

 
全体的に人物の描き込みが雑すぎて、織田信長というカリスマの存在感に頼りすぎているきらいもあり、手放しで傑作と言えるほどまとまりがあるとは思えませんでした。
 
それでも建築や物作りに対する職人たちの生き様がぶつかる展開は、下手な合戦などよりよっぽど夢中になるほど熱く、読んでいて退屈と感じる瞬間は皆無でした。
 

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