著者 | 宮尾登美子 |
出版日 | 1977年4月16日 |
評価 | 90/100 |
オススメ度 | ☆☆ |
ページ数 | 約379ページ |
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小説の概要
この作品は、芸妓 の仕込みをする子方 屋“松崎”で共に育った4人の芸妓の人生を、4つのオムニバス形式の短篇で語る小説です。
貧しさから親に売られた芸妓たちの幸薄い人生を全4章の短篇として振り返りつつ、章が変わる度に前の章に新しい情報や視点が追加され徐々に物語の見え方が変化していく凝った構成となっています。
『櫂』や『陽暉楼』が女の不幸を真正面から泥臭く描いた純文学スタイルだとすると、今回はオムニバスの構成に技巧を凝らしたテクニックで読ませるのが特徴で、しかも『櫂』と同様、作者の宮尾登美子さん自身が作品内に登場し、狂言回しのような立ち位置で物語に深く関わるため、作者の半生を知っているとより面白さが増します。
ただ、過去作である『陽暉楼 』と同じく、今回も『櫂 』のアレンジ版といった趣 で、単体の作品としてはそこまでの新鮮さはありません。
『櫂』や『陽暉楼』と比べ、その時代その場所の空気を吸うようなリアリティや、突き抜けた魅力には乏しいものの、それぞれタイプが異なる4人の芸妓の人生をオムニバスとして繋げる構成の巧みさがあり、話の深みと展開の面白さ、両者のバランスが取れた名作です。
鮮やかに交差する、唯一つとして同じものはない女の生き様
この小説の最大の魅力は、小学生の頃に同じ子方 屋で育った4人(うち一人は死亡)の芸妓が、50歳という人生の折り返し地点にて再会を果たしどのような苦難の人生を歩んできたのか順に回想することで、それぞれの芸妓が抱える重い過去や秘密が明らかとなっていくオムニバス形式のストーリーです。
宮尾登美子作品としては珍しく、大正や昭和の暮らし向きのリアリティはほどほどに、4人の人生が折々に交差するひねりが効いた構成や、若くして亡くなった謎多きキャラクターへの興味でグイグイ引っ張っていくサスペンス要素など、作家としてのテクニック面が目立っています。
特に、構成部分に力が入っており、4人の主人公の人生を描く4つの短篇の中で、前の章で語られた出来事に対し次の章で登場する人物の視点が入ると同じ出来事でも見え方が変わったり、前の章で謎のまま放置されていた出来事が次の章で伏線として回収されたりと、オムニバス形式であることを最大限生かしたストーリーとなっています。
この芸妓たちの謎が徐々に解明されていくオムニバス形式のストーリーはただ先が気になるだけの目先のテクニックで終わっていません。
なぜなら、作者の宮尾登美子さんは、父親が遊郭や料亭に芸妓を紹介する紹介業を営んでいる関係で芸妓が身近な環境で育っており、その時代に子供の未熟さゆえ芸妓という職業に対して抱いた偏見と、それが歳を重ねる上で解消されていった経緯をこのオムニバス形式のストーリーでもって読者に追体験させているためです。
作者自身が若い頃、芸妓に対して持っていた偏見を作中に登場する作者の分身である悦子に担 わせることで、作者本人が芸妓に対して持っていた蔑 みが解消された過去の経緯と、悦子がそれぞれの芸妓の隠された過去や素顔を知ることで偏見が払拭されていく過程とを一致させており、芸妓たちが抱えた謎が解けていく物語展開とメッセージ性が完全にシンクロしています。
ここはさすがに一流の作家である宮尾登美子さんらしく、テクニックをひけらかすだけで終わらせず、ひねりを効かせた構成そのものを色眼鏡で人を見ることは愚かであるというメッセージと密接に絡めることで、話の先が気にある面白さと文学としての重みを両立させており、オムニバスの短篇小説としては文句なしの完成度でした。
またもや『櫂』のアレンジ版
ほぼ同時代の高知を舞台とする『陽暉楼』と同様に、この『寒椿 』という小説も、良くも悪くもデビュー作の『櫂』に似ています。
似ているどころか、名前が変わっている以外は『櫂』と同じく宮尾登美子さんの実際の家族がモデルの登場人物たちが続投するため、『櫂』の続編を読んでいる気分にすらなりました。
実際は『櫂』と『岩伍覚え書』のエッセンスを混ぜ合わせたような作風です
これは『陽暉楼』と同じく、『櫂』を思わせる部分が多いため単体の作品として見ることが困難で、そのため一つ一つの短篇の完成度は凄まじく高いのに、どうしても『櫂』の関連作の一作という捉え方となってしまいます。
最後に
どうしても短篇では『櫂』や『陽暉楼』のような、一人の女の生涯を腰を据え描き抜く骨太な物語に比べリアリティが足りず、小説としてはやや小粒感があります。
それでも、宮尾登美子小説らしい女を不幸のどん底に叩き落とす目を覆いたくなるような残酷な話がある一方、タイトルの“寒椿 ”という寒中に咲く椿を思わせる、芸妓として辛い人生を歩む中でも幸せを掴む救いのある話など、4つの短篇それぞれがまったく異なる魅力を備えており、小説としての面白さと重いメッセージ性とを両立させた完成度の高いオムニバス小説でした。
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