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【小説】大正・昭和への旅 |『櫂(かい)』| 宮尾登美子 | 書評 レビュー 感想

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評価:100/100
作品情報
著者 宮尾登美子
出版日 1972年

小説の概要

 
 この作品は、大正時代から昭和初期にかけ、高知県(土佐)で女衒ぜげん(女を遊郭ゆうかくなどに斡旋あっせんする仲介業者)を生業なりわいとする渡世人とせいにん岩伍いわごの妻である喜和きわの苦難に満ちた人生を描く純文学です。
 
 架空の登場人物ではなく、作者である宮尾登美子さんの両親や人生を反映させた自伝的な小説です。
 
 大正時代や昭和の庶民の暮らしを疑似体験するような緻密な日常生活描写が特徴で、その常軌を逸した情報量に大正時代の空気を吸い、その時代を生きた心地になります。
 
 少しでも口答えすると怒鳴り散らし暴力を振るう癇癪かんしゃく持ちの夫に怯える気弱な主人公・喜和きわの迫真の存在感も手伝い、小説を読んでいる最中にこれが絵空事の話と思う瞬間は皆無でした。
 
 大正・昭和の庶民が経験した生活の記録であり、女を物のように売り買いする仕事に最後まで抵抗し続けた喜和きわの本当にささやかな反抗の物語であり、作者宮尾登美子さんが自己の出生に向き合う回顧録でもあると、いくつもの色が混ざり合い、単色では決して出せない深い人生模様を描き出した正真正銘の大傑作です。
 

活字で大正時代を生きる

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 この小説最大の魅力は、常軌を逸し過ぎて狂っているとすら思えるほど細密に書かれる大正時代や昭和初期の生活描写です。
 
 まだ水道がなかった時代に女衒ぜげんという特殊な職業ゆえに人の出入りが多い家の料理や洗濯など家全体を切り盛りする様子や、大正時代の女性がどのように身だしなみを整えていたのか髪の洗い方から髪飾りの手入れ方法。近所の猫が井戸に落ち遺骸を引っ張り上げるとパンパンに膨れて割れそうだったという生々しいトラブルの話や、生活困窮者が住む貧乏長屋に漂う悪臭から淀んだ空気、そこで暮らす人々の衛生観念の欠如した怖気おじけ立つほど汚らわしい生活ぶりと、小説の大半が話に直接関係しない大正・昭和の人々の暮らし向きで埋めつくされており、ほとんど病的と言っていいほどの分量です。
 
 ハッキリ言って平均的な小説の説明量から完全に逸脱しており、作者が庶民の日々の暮らしの光景に並々ならぬどころかフェチに近い興味・関心を抱いている様が窺えます
 
 情報量が凄まじすぎるため、同じく説明が過剰気味なサイバーパンク小説を読んでいるような錯覚すら覚えるほどです。
 
 その結果、詰め込まれた情報量が限界を超え、小説で描かれる大正・昭和が現実をも凌駕するほど分厚いリアリティを形成し、脳がこれは小説ではなくそこで生きた人の記録としか認識しませんでした
 

人が別の何者かに変わる瞬間の空気を吸える感動

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 この小説は、大正・昭和の家を切り盛りする様が異常なほど細やかに書かれるため、そこに関係する女たちは繊細に描かれ、逆に男は割とあっさりとしています。
 
 中でも乱暴な夫である岩伍いわごの理不尽に耐える妻・喜和きわの存在感は、小説全体の強固にも程があるリアリティ相まって本当にその時代を生きた人物の頭の中を覗き、その苦悩を疑似体験しているとしか思えないほどの迫真さでした。
 
 この喜和きわという人物は、いつも見えない不安に怯え家を任されている割にどこか子供っぽく頼りなげで、その上に口下手で自分が思っていることをうまく他者に伝えることが出来ない、いかにも純文学の主人公っぽい一面と、夫に対して従順に見えつつ、しかし自分が納得いかないことはどれだけ殴られても譲らないという芯の強さも併せ持ち、時に気持ちをうまく人に伝えられないもどかしさに感情移入させられ、時に行動の大胆さに驚かされと、見ていてまったく飽きない魅力がありました。
 
 この小説は、一見ストーリーが地味そうに見えても、実在を一切疑う余地がない頑強なリアリティを構築し、喜和きわの心境の変化を丁寧に描いているため、一時たりとも心が安まらず、緊張がみなぎり続けます。
 
 それまで柔和にゅうわな表情を浮かべていた人物が冷酷な本性を垣間見せ、場の空気が凍る気まずさや、何十年も胸に秘めていた想いが相手にまるで伝わらないと悟る瞬間の絶望、これまでの苦難の人生がある人物のたった一言で報われる瞬間の歓喜など、その人の人生が決定的な転機を迎え、胸から溢れた感情が周りの空気を変質させるほんの一瞬の空間の揺らぎを切り取って見せる宮尾登美子さんの神がかった手腕が冴え、読んでいると何度も心を鷲掴みにされました。
 
 読んでいて、喜和きわの人生にこれほどまでに胸打たれるのは、現実よりも現実らしいとすら感じる大正・昭和のかもす説得力ゆえだと思います。
 
 全編にわたり過剰とも思えるほどの生活描写は、喜和きわの人生に決定的な変化が訪れるその一瞬、喜和きわに生じる心の変化と読者の感情の揺らぎを完璧にシンクロする一助となり、この小説が目指す、人が決定的にそれ以前とは別の何かに変わる瞬間の空気を切り取るというコンセプトを余すことなく体感出来ました。
 

良く出来た映画版、しかし原作には遠く及ばず

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 『櫂』は1985年に五社ごしゃ英雄ひでお監督により映画化されています。
 
 こちらは単体の映画としては完成度が高く、女の苦労を描く宮尾登美子作品というより、義侠心のある男の破滅的な生き様を描く五社英雄監督映画として確かな魅力があります。
 
 ただ、どうしても原作小説の肝となる部分が削られたダイジェスト版のような内容で、宮尾登美子さんの作風が好きな人間からするとまったく物足りません。
 
 原作は喜和きわの視点だけで話が進むのに、映画版は喜和に暴力を振るう夫の岩伍いわご視点のパートが増え、しかも喜和に対する暴力描写などは原作からほぼ消えているため、どうしても喜和の話としては薄味で到底怪物級の完成度を誇る原作には遠く及びません。
 
 さらに喜和が自身の命より大切に想う娘、綾子に関する描かれ方が原作と比べると改悪されている点が多く不満でした。
 

映画版の「オルガン見たい」というセリフは最悪です

 
 この『櫂』は宮尾登美子さんの半身とも言うべき自伝的な小説で、喜和は宮尾さんを育ててくれた母であり、綾子は宮尾さん自身の分身であるため、母への感謝や愛情が薄く見え、母と娘の話としては深みがありません。
 

最後に

 
 夫の理不尽に耐えて耐えて耐え抜いていればきっといつかは幸せになるはずという淡い期待を木っ端微塵に打ち砕かれ残酷な現実を突きつけられる苦い成長の物語でもあり、夫の奴隷として思考を放棄させられていた女性が自己を確立し自分を抑圧する男に立ち向かうフェミニズム小説でもあり、単純に大正・昭和の人々の生活を覗く記録文学としての面白さもあり、どんな読み方をしても何かしら応えてくれる非常に奥深い小説です。
 
 この小説は、読者に微塵たりとも作り物であると疑わせない強固で頑丈なリアリティを構築した時点ですでに勝っており、その圧倒的な説得力は最後の最後まで途切れることはなく、読んでいる最中一瞬たりともこれが絵空事であると気が散る瞬間は皆無でした。
 
 宮尾登美子さんてどれだけ天才なのかと恐ろしくなるほど、並みの小説など完全凌駕する大傑作です
 

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