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能×首×鬼女×不死×ポストアポカリプス 『黒塚 -KUROZUKA-』 著者:夢枕獏 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 夢枕獏
出版日 2000年8月25日

小説の概要

 
 この作品は、陸奥みちのく安達ヶ原あだちがはらにある鬼女の家に山伏やまぶしが迷い込むという能の演目『黒塚』をモチーフとしたSF伝奇小説です。
 
 それを平安時代の末期、兄・源頼朝よりともから命を狙われ山伏の姿に変装し陸奥みちのくに逃れた義経よしつねが、山中で謎の妖女が住む小屋に迷い込み、女から不老不死の力を得るという、能に登場する山伏を源義経よしつね武蔵坊むさしぼう弁慶べんけいに置き換えるという趣向が凝らされています。
 
 小説の大半は大災害で人類がほぼ死に絶え僅かに生存した人間が生き残りを懸けて殺し合う弱肉強食の未来世界が舞台となり、義経(クロウ)が失った過去の記憶を求める過程で、徐々に不老不死の秘密が明らかとなっていくというストーリーです。
 
 常に先が気になる展開の連続や、ポストアポカリプス世界で異能者同士のアクション重視のサスペンス小説なので、伝奇小説としての濃密な設定を求めるとやや物足りません。
 
 その分、ノンストップサスペンスとしては秀逸で、アクションも小気味よく最後まで一気読みしてしまうほどの中毒性があります。
 

受け身から攻めに転じる鮮やかな伝奇サスペンス

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 この小説は、全編にわたり予想外の状況に放り込まれ続けるノンストップサスペンスが売りで、特に構成のぶっ飛び具合が最高でした。
 
 いきなり数百年単位で時間が飛び続け、平安末期から明治、そこから太平洋戦争真っ最中の昭和かと思いきや、次は小惑星が地球に衝突して人類がほとんど死に絶えミュータント化した人類が跋扈ばっこする未来世界と問答無用にぽんぽん時間が飛び、息つく暇もありません。
 
 つい先程まで平安時代に兄・頼朝の追っ手から逃れていたのが、気付いたら不老不死となった義経が文明が崩壊し荒廃した世界でミュータントと戦っているという、一歩間違えたらトンデモ作品になりかねない危うい綱渡りを成立させたバランス感覚は見事としか言い様がありません。
 
 しかも、途中までは謎の組織から逃れる逃亡者としての生活が続いていたのに、突然次の場面で主人公を1000年以上にわたり執拗に追い回した敵組織のNo.2当の主人公が出世しているというあり得ない展開となり、今度は自身を不老不死にした謎の女の行方を追うという、追う・追われる、敵・味方の関係性が大胆にひっくり返るというアイデアには痺れました。
 
 それまでは追っ手に怯え逃亡者として過ごす受け身のサスペンスだったのに、今度は弱肉強食の未来世界で自らターゲットを探し歩き情報を知っていそうな人間を拷問し邪魔なら排除しつつ目的の人物に迫っていく攻めのサスペンスに転じるなど、物語のパターンが頻繁に変わるため飽きる隙がありません。
 
 この受け身と攻め、不利と有利の立場がコロコロ変わる、話の主導権を誰が握っているのか曖昧で、誰も確実に物事を把握している人間はいないという足下が常にぐらつく不安定さがサスペンス小説としては快感でした。
 

サスペンスに特化させすぎた弊害

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 この小説はサスペンス展開に全神経を注いでいるため、伝奇小説としての細やかなディテールはおざなりで、ラストに様々な秘密が明かされてもさほど盛り上がりはしませんでした。
 
 不老不死の謎もノンストップサスペンスのトップスピードを維持するための推進力としての効果が主で、ミステリーとしてはあっけなくそんなものかという程度です。
 
 どうしてもテンポを重視し全速力で駆け抜ける内容だけに、全編ダイジェストっぽさが拭えません。中でも問題だと思うのが、主要人物以外の脇役はほとんど誰も行動動機が語られないこと。そのため何を目的に動いている人たちなのか理解できず、結局主要人物以外は誰もなんの印象にも残らない人だらけでした。
 

関東の支配者である白王の無意味さは特に酷いです

 
 ラストも、不老不死の体となり人間の寿命の限界など遙かに超え1000年以上も生き長らえてしまったという無常観が弱く、1000年という悠久の時に想いを馳せる境地までは至りませんでした。
 

最後に

 
 サスペンス小説としては中弛なかだるみが皆無な秀逸さで、尾行や奇襲をする際の心理的な駆け引きの面白さや、ミュータントに動物の能力を持たせることで相手ごとの特徴を踏まえ戦い方を細かく変えさせる工夫など、さり気ない部分に配慮があり、多少設定が弱い部分があったとしても読んでいる最中は退屈することなど一瞬もありませんでした。
 
 ただ、テンポを重視しすぎた弊害で、物語としての深みはあまりないため余韻は極めてあっさりです。
 
 
 
 
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