著者 | 小松左京 |
出版日 | 1973年3月20日 |
評価 | 100/100 |
オススメ度 | ☆☆☆ |
ページ数 | 約711ページ |
小説の概要
この作品は、大規模な地殻変動により日本列島が沈没するという大災害を描くSF小説です。
主に技術者や科学者の視点でなぜ日本列島が沈没するのかという解説に終始する前半部と、日本人を一人でも多く海外に逃がそうと奮闘する政治家や、それと並行し大地震や火山の噴火、大津波によって無残に崩壊する日本列島の最期を描く後半部と、小説の前半と後半でガラッと展開が変化するのが特徴です。
ストーリーはあるにはあるものの、小説の中心は日本列島が沈没するとどのような問題が発生するのかという災害シミュレーションや小松左京が考える日本人論で、小説全体が異常な情報量で埋め尽くされた難解なハードSFとなっており最後まで読み通すだけでも一苦労の難物でした。
あまりの難しさに読み終えるまで2週間かかりました
この難解な小説が大ベストセラー?
この小説は上下巻合わせて約385万部という大ベストセラーであり、タイトルがキャッチーで小松左京の代表作でもあるため、読む前はてっきり取っ付きやすい小説なのかと勘違いしていました。
しかし、読み始めると普通の小説の数十倍ほどの情報密度で日本列島の沈没に関するありとあらゆる細部が妥協無く描写し尽くされているため、とてもではないですが全神経を集中させないと1ページどころか1行も書かれていることが理解できません。
そのため、読んでいて楽しいというよりもほとんど苦行に近く、途中でやめると負けたような気がするため根性だけで読み通しました。
特にマントル対流説やプレート・テクトニクスなど、難解な地学の話が延々と続く前半部は、もはや小説というよりブルーバックスを読んでいる気分で何回も繰り返し読まないと何一つ説明が頭に入ってきません。
実際に読むとあまりの難解さになぜこの小説が大ベストセラーになったのか疑問が生じます。間違ってもベストセラーになるような本ではなく、ただのマニア向けのハードSFなので、ユーモラスなタイトルに騙されて買ったものの難解すぎて途中で挫折した人が相当数いるはずで実際に読んだ人は売り上げほどはいないだろうと思います。
似たような災害シミュレーションの側面の強い怪獣映画がまだ全盛期だった昭和なら現代に比べ若干読むハードルが低かったのかもしれません
一流の証明、細部への飽くなきこだわり
この小説で最も自己主張が激しいのはやはり読むのが苦痛なほどの圧倒的なまでの情報量です。
一流の作家と平凡な作家を分ける差とは題材に対して取材をどれだけしているか、どれだけ資料を読み込むかで、その点においてこの『日本沈没』という小説は文句の付けようがありませんでした。日本列島が沈没するという現実にはありえない現象に対してどう説得力を加えるのか一切の妥協がなく、読んでいてその徹底ぶりに気圧 されます。
デビュー作『櫂 』で太宰治賞を受賞し、作品がNHKの大河ドラマの原作に二度も選ばれている宮尾登美子さんも小説を一本書くのに平気で数年取材をしながら資料も読み漁り、時には専門家に監修も依頼するという執筆の準備段階に膨大な手間暇をかける作家ですが、このような超一流の作家は作品の質が並みの作家のそれとは雲泥の差であり、この『日本沈没』も冒頭を少し読んだだけで平凡なSF小説とは格が違うことが分かります。
読み終えてからWikipediaを見たら執筆に9年かかったとあり、天才小松左京が9年もかけてハードSFを書くとこれほどの怪物が生まれるのかと納得でした。
それに全体としては難解で読み辛いものの、日本列島が沈没する原因というこの小説の核となるアイデアそのものは非常にシンプルな点も好ましく思えます。
それまで日本海側と太平洋側がマントル対流によって互いに日本列島を押し合い圧力が均衡していたのが、太平洋側のマントル対流が変化したことで日本海側の圧力を日本列島が単独で支えられなくなりポッキリと折れるという「なるほど、そういう考え方をすればいいんだな!!」と、分かってしまえば至って単純な理屈なので最後まで苦しむだけで終わらずホッとしました。
なにか未知の現象が起きるのではなく、それまで日本列島を成立させていた地殻運動のパーツをあえて減らすことでどんな異常事態に至るのかシミュレーションするという、足し算ではなく引き算の考え方は日常のどんな出来事にも応用可能な柔軟さがあります。
そのため人間の想像力を豊かにするSFというジャンルとして、この小説内だけでなく日常にも考え方を応用できるようなアイデアには美しさすら感じました。
最後に
小松左京の日本人論の部分は、日本人は母なる大地にしがみつくだけの幼年期を終え、難民となって世界に散らばることでようやく成熟した大人になれるという、今読むとほとんど『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のシャア・アズナブルの主張とそっくりであまり目新しさはありませんでした。
と言うか、逆シャアは『日本沈没』の影響を受けすぎです
とにかく難解で読み進めることが困難な上に、小説内の時代設定が書かれた時期よりやや近未来に設定されているせいで、コテコテの昭和描写と昭和の人間が想い描いた近未来のテクノロジー(今となっては逆にレトロ)がごちゃごちゃに混じっており、意図していないのに昭和パンク的な作風になってしまっているとか、ストレートに読んでいて楽しい小説ではありません。
しかし、天才SF作家が長い歳月を費やし仕上げただけに並の小説を完全凌駕する脅威の情報密度で、日本を沈没させる理屈に手抜きや妥協も一切なく、今読んでもその熱量に圧倒される大傑作でした。
ラスト、日本が断末魔とともに沈没していく様を擬人化して神話風に語るアイデアには痺れます
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