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依存症による人類家畜化計画 『僕らはそれに抵抗できない -「依存症ビジネス」のつくられかた-』 著者:アダム・オルター 〈書評・レビュー・感想〉

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本の情報
著者 アダム・オルター 訳:上原裕美子
出版日 2019年7月11日

本の概要

 
 この本は、アメリカの行動経済学の専門家が、ニコチン・アルコール・薬物などの物質を摂取するタイプの依存症に対し、SNSやソーシャルゲーム、スマートデバイスなどがもたらす現代的な依存症、“行動嗜癖こうどうしへき”について啓蒙する内容です。
 
 “行動嗜癖こうどうしへき”とは何らかの悪癖を常習的に行う行為で、しかも本人はそれを悪い習慣と頭で理解しているのにどうしてもやめられない行動のことです。
 

ネットでの買い物依存症や、意味もないのにスマホでSNSをチェックする行為、目標もなく惰性でオンラインゲームをする、ログインボーナスを手に入れるためだけに毎日ソーシャルゲームを起動するような習慣ですね

 
 昔は、裕福な人間だけが依存性の高い物を手に入れられたのに対し、現代では無料で電子ドラッグのようなネットコンテンツが大量に配られており、どんな人間も依存症から逃れることは出来ず、それを意識して生活環境をデザインし依存性の強い物やサービスに耐性を身に付ける必要があるという主張が書かれています。
 
 巧妙に生活習慣へと溶け込み、深刻な現代病として蔓延する依存症に対し理解を深め、自分の身を守っていく必要があると深く考えさせられる一冊です。
 

人間が電子ドラッグ奴隷になる恐怖の未来

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 この本は、冒頭のフックが強烈です。
 
 スティーブ・ジョブズが我が子にはiPadを与えず、複数のゲームクリエーターは異常な中毒性のオンラインゲームには決して手を出さず、その他テクノロジー産業の重鎮たちも自分たちが生み出すサービスや商品に触れることに極めて慎重であるという態度から、依存度の高い物(電子ドラッグ)を生み出す者たちは自分たちが作った物の危険性を把握しながらそれを平気で客に売りつける現代的なドラッグの売人のようなものであるという主張にショックを受けます。
 
 薬物の売人が自分が売りさばく薬物によって壊れていく客を観察しているため決して商品に手を出さないように、現代の電子ドラッグの製造者や売人たちも自分たちが作る依存症を引き起こすような製品から距離を取りつつ、世界中にドラッグ(スマホ、SNS、ソーシャルゲーム、オンラインゲーム、など)を撒き散らしているという現状に危機感を覚えました。
 
 依存性の高い商品やサービスを作り続ける者たちは自分たちが作るもので誰かが依存症に陥る危険性を承知しながら人間が何かに依存するメカニズムを研究・悪用し、ただひたすらに商品やサービスの依存度を上げ続け、世界中の人間を電子ドラッグ漬けにしているという話はもはやディストピアSF的ですらあります。
 
 ラット34番とは、ネズミの脳に電極を刺し電流を流す実験の最中に偶然“快楽中枢”を刺激され、快感を得るためだけに絶命するまで自分の脳に電流を流し続けたネズミのことです。
 
 このまま何も依存症への対策を講じなければ、このネズミが人間の未来の姿になる日も近いかもしれません。
 

電子ドラッグの仕掛ける罠

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 この本は、依存症の歴史や、世界中の様々な依存症を引き起こすサービスや商品、ゲームを紹介し、なぜそれらに人間は依存してしまうのか、その仕組みの解説が全編に渡り続きます。
 
 紹介される依存性を高めるテクニックの中で、個人的に最も意外だったのがネットフリックスの自動再生機能でした。
 
 まず、ネットフリックスの話の前に、運転免許の取得時に臓器の提供を行うドナーになる同意率が高い国と低い国と、なぜそれらの国で同意率が違うのか紹介されます。
 
 ドナー提供者となるために用紙にチェックを付けるという手間を設ける国はドナー提供への同意率が低く、提供したくない場合、つまり用紙に何も記入せず提出すればドナー提供者になってしまう国は同意率が高いと、実は人間は自分の臓器を提供するという重大な判断すら用紙にチェックを付ける手間をいとい、無記入で提出できる選択を選ぶというとんでもない結果に呆然としました。
 
 このようなテクニックを応用したのがネットフリックスのアニメやドラマが終わると自動的に次の回が再生されるという機能で、人間は勝手に次の回の動画が再生されようとする際、それをキャンセルするために何かしらのアクションを取ることを面倒がり、そのまま次の回をなんとなく見始めてしまう確率が高いと本には書かれています。
 
 アニメやドラマを連続で見る場合、ユーザーに目当ての動画を探させ再生ボタンを押させるより、勝手に次の回の動画を流してしまい、それを止めたければキャンセルする必要を生じさせれば、ユーザーはキャンセルを面倒がり、そのまま自動再生される動画を見てしまうのだという発想はバカバカしいものの、恐ろしくもあります。
 
 確かに、自分もネットフリックスではなくYouTubeの動画を見終わり勝手に次の動画が流れ出す際に、なんとなくキャンセルするのが億劫でそのまま自動で再生される動画を見てしまうことが少なからずあるので、知らず知らずのうちに罠にハマっていたのだと気付かされます。
 
 ユーザーはとにかく何も面倒なことをしたがらず、動画が終わり自動で次の動画が再生される場合、その動画をキャンセルすることすら面倒がり勝手に流れ出す次の動画も見続けてしまうという事実は、こんな些細なことに人間の行動は操られるのかという衝撃を受けました。
 

環境が生み出す依存症の罠

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 現代の依存症が過去のニコチン・アルコール・薬物といった物質を摂取するタイプの依存と異なるのが、巧妙にデジタル化され、日常生活の至るところに潜伏し、本人が依存症になっているという自覚を持つことが困難な点です。
 
 この依存症が環境そのものに潜んでいるという警告が本の中で最も恐怖を覚えた箇所でした。
 
 例えば、本の中で紹介されるのが、ネットショッピングが手軽に可能となったことで買い物依存症になる人間が増えたというケースです。昔は、深夜に何か急に物が欲しくなったとしてもそもそも店が開いておらず次の日まで待たなければならなかったのが、今では即スマホやPCを使ってネットで物が買えてしまい、結果必要のないものを大量に購入してしまう買い物依存症になる人間が増えたという話が非常に考えさせられます。
 
 この話を読んでいて思い出したのが『うる星やつら』や『機動警察パトレイバー』シリーズ、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』など多数のアニメ・実写映画を手掛けた押井守監督が書いた『凡人として生きるということ』という本です。
 
 この本の中で、母親が炎天下の中子供を車に置き去りにしてパチンコに興じ、子供を熱中症で死なせてしまうという事件に対し、パチンコ屋への道路が整備され、広大な駐車場も完備し、アクセスしやすいような環境を整えたらパチンコに依存してしまう人が生まれるのは当たり前で、それは社会の問題であり母親を責めても意味がないと書かれています。
 
 まさにこの本に書かれていることが環境が依存症を生むという話そのもので、10年以上前から押井監督はこれを警告していたのだと気付けました。
 
 今の時代はこのような車でパチンコ屋へ出向くという手間すら省き、生活必需品にすらなったスマホからそのまま依存性の強いデジタルコンテンツにアクセス出来るため、より深刻度が増していると思います。
 
 さらに、ソーシャルゲームのガチャなどに大量のお金を課金してしまう人や、オンラインゲームにハマり生活が崩壊する人、ネットショッピングが便利すぎて買い物依存症になる人がいても、その人が金銭感覚がゆるいとか、だらしないからやめられないと、環境に対する批判ではなく個人に対して批判が集中し、問題が矮小化される点も何一つ変わっていません。
 
 環境が依存症を生むため、悪いのは依存症に陥りやすい環境を構築する電子ドラッグをバラまく売人なのに、なぜかドラッグによって体がボロボロになっている人を攻撃するという悪しき習慣はいい加減止めないと、この依存症蔓延社会を変えることは到底不可能だと思います。
 

最後に

 
 本の主旨は序盤に集中し中盤以降はひたすら細かいケースの説明となるため、中盤以降はやや退屈です。
 
 しかし、読んでいてとにかく衝撃的な話が連続し、不謹慎ながら面白すぎてほぼ一気読みしてしまいました。
 
 現代社会を蝕む最有力の問題は生活環境や最新テクノロジーが生み出す依存症なのだと教えてくれる素晴らしい一冊でした。
 
 
 
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