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【小説】受け継がれる音色、消えゆく魂 |『一絃の琴』| 宮尾登美子 | 書評 レビュー 感想

作品情報
著者 宮尾登美子
出版日 1978年
評価 95/100
オススメ度 ☆☆
ページ数 約528ページ

小説の概要

 
この小説は、幕末から明治、大正、昭和土佐藩(高知県)を舞台に、一絃琴いちげんきんの普及に貢献した島田勝子と、その弟子である人間国宝秋沢久寿栄くすえという実在の人物をモデルとした二人の主人公の人生が描かれます。
 
一絃琴とは弦が一本のみのシンプルな構造の琴です。
 

 
そして、優れたエンタメ小説に贈られる直木賞(第80回)を受賞した作品でもあります。
 
小説の前半から中盤は師匠である島田勝子をモデルとした苗の人生が、中盤からは弟子である秋沢久寿栄くすえをモデルとする蘭子の人生へと移り、合わせて約100年に渡る師匠と弟子の愛憎入り交じる壮大な物語が展開され、その完成度は圧巻です。
 
芸の道を極めんとする師匠・苗と、名声を得ることを目標とする蘭子という対照的な二人の本心をえぐり出し白日の下に晒す人間描写力は宮尾登美子小説そのものでした。
 
琴によって破壊され琴によって救われる二人の波乱の生涯を通して、師匠と弟子の間に育まれるはかない絆と激しい憎悪、芸のもたらす破滅と救済、そして琴が浮き彫りにする人間の尊さと醜さをどこまでも追求する姿勢はまさに宮尾文学の真骨頂であり、紛う事なき大傑作でした。
 

宮尾登美子作品なのに読みやすい!!

 

まず、この小説はエンタメ小説に贈られる直木賞を取っていることからも分かる通り、宮尾登美子作品の中では読みやすい部類です。
 

まぁ、エンタメ小説というよりは純文学に近いですけどね

 
他の宮尾作品は、妻が夫に激しい暴力を振るわれたり、貧しさから親に売られ苦界に身を沈め毎晩のように客をとらされたりと、主人公を目を覆いたくなるほどの地獄に叩き落とす話が多い中、この小説は表面上は穏やかな人生を送るためそこまでハードな内容ではありません。
 
ただ、水面が穏やかなだけで水中は荒々しく大渦が巻いており、一絃琴いちげんきんの師匠と弟子の関係である苗と蘭子という主人公二人の心情はこれぞ宮尾文学という人の情念がグチャグチャ、ドロドロに混ざった愛と憎しみの混合液のような様相で、その点においては期待を裏切ることは一切ありませんでした。
 
普通、実在する人間国宝をモデルにして小説を書くならもっと人物像を美化しそうなものですが、この小説はその真逆に振り切り琴を通して人間の醜さをこれでもかと吐き出させるスタンスで、その攻めの姿勢が功を奏し宮尾作品の中でも上位の傑作に仕上がっています。
 

不自然さが微塵もない宮尾流リアリティ

 

他の宮尾作品がそうであるように、本作も気が遠くなるほどの細かい情報を積み重ね、舞台となる土佐藩(高知県)や、幕末、明治、大正、昭和といった移りゆく時代、そして何よりも師匠・苗と弟子・蘭子を中心とする登場人物たちに実在感を持たせることに余念がなく、序盤はかなりゆっくりな立ち上がりです。
 

余談ですが、幕末の土佐藩から始まるため脱藩前の坂本竜馬もほんの少しだけ登場します

 
中でも序盤に多くのページを割き、幕末の女性が習い事を長期間続けることがいかに困難なのかを懇切丁寧に描くくだりは当時の女性目線に立つことを徹底する宮尾登美子さんらしいなと思います。
 
この部分を重点的に描いたことで、家族の反対を押し切り自分の意志で琴を習い続ける道を選び、己と向き合う孤独な芸として琴を極めた苗と、明治に時代が移り文明開化のモダンな時代で上流階級のたしなみとして琴を習い、琴を自己の価値を高めるパフォーマンスと捉える蘭子にジェネレーションギャップが生まれ、終始琴に対する物の見方・感じ方が噛み合わないという描き分けが自然に感じられました。
 
この女性の習い事を通じて時代の移ろいを切り取ってみせるというアプローチのおかげで、表面的には高知に一絃琴ブームが起こるのに結局習い事が金持ちの道楽となり、苦しみにあえぐ者こそ一絃琴の音色に心が救われるという芸の精神は廃れていくという、宮尾文学らしい大切な何かが時代と共に失われていく喪失の物語としての魅力が深まっています。
 
しかも、読者だけが時代の移ろいの中で失われたものを記憶する唯一の目撃者となる苦い終わり方も、一絃琴という派手とは無縁の枯淡こたんな楽器を描く小説としては最良の余韻でした。
 
相変わらず宮尾登美子さんはどこに力を入れると後々リアリティとして活きるのか情報の配し方を完璧に熟知しており、序盤は説明が冗長に感じた箇所が後々物語の説得力として必要だったと気付く際はその類い希なるバランス感覚に感服します。
 

信頼と裏切り、転落と復活、琴に翻弄される二人の生涯

 

この小説最大の魅力はなんと言っても人を映す鏡のごとき芸事の深みと、師匠と弟子の愛憎が織り成す重厚な人間模様です。
 
琴により幸福の絶頂を味わい、琴により絶望のどん底に突き落とされ、またそこから琴の垂らした救いの糸により地獄から這い上がった二人が、時に神の如く相手を崇拝し、時に相手の無理解に失望し、時に身を焦がすほど激しく憎悪することで、人間の持つあらゆる感情を吐き出し絞りきった先に待つ芸の境地を見せられるようで、読んでいてその深さに息を呑む瞬間が多々ありました。
 
さらに凄いのは、師匠と弟子の軋轢がそのまま芸の在り方に関する問いと密接に絡んでいることで、もしこれが芸をひたすら己のために磨く苗だけの話ならもっと単純な話で終わっていたと思います。
 
そこに、己の功名心のために琴を弾く蘭子を加えたことで、作者である宮尾登美子さん自身の作家としての矜持が二人に分散され、ひたすら自身が納得する小説を書きたいと願う純粋な作家としての自分と、それでも文学賞を獲得し自身の名を世に知らしめたいと願う自分が対立し続ける緊張感のある物語になっており、どこまでも自分を丸裸にして小説に込めてしまう宮尾文学らしい潔さでした。
 
読んでいて感じるのは、作者がひたすら自分自身を鞭打ち、痛めつける自傷行為にも似たような感触で、創作に関する安易な綺麗事は許さないという強い覚悟が伝わってきます。
 
毎回宮尾登美子さんの小説は作者自身が強く作品に刻まれているものの、この小説に関しては自身の出生や半生といった家族問題ではなく、自身の小説に対する想いや名声を得たいと願う功名心といったより個人的な領域に踏み込んでおり、自分と似た感性を持つたった一人の完璧な理解者に芸の魂が継承されることで満足する苗と、世間に自分の力量が認められることで満たされる蘭子という、両方とも作者であり、それが最後までまったく噛み合わず、むしろ噛み合わなくていいという終わり方をするのは吹っ切れた爽やかさすら感じます。
 

最後に

 
毎度毎度、宮尾登美子さんはなぜこれほどまでに人間が心の最深部に隠す他者に覗かれたくない羞恥の感情を問答無用で鷲掴みにし極上の小説に仕上げてしまえるのか疑問に思うほど、人間の持つ純粋さと欲深さが織り成す物語に心打たれる大傑作でした。
 

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