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【伝奇小説】平家vs源義経vs吸血鬼 |『不死鬼 源平妖乱シリーズ #1』| 武内涼 | 書評 レビュー 感想

作品情報
著者 武内涼
出版日 2019年10月11日
評価 90/100
オススメ度 ☆☆
ページ数 約512ページ

小説の概要

 
この作品は、平安時代の末期、清盛きよもり率いる平家が支配する京の都を舞台に、後白河上皇の側近の公家として権力の中枢に潜り込んだ血を吸う鬼(吸血鬼)たちと、源義経静御前が属する白拍子しらびょうし傀儡くぐつといった旅芸人に扮する鬼狩り集団影御先かげみさき、そして圧政を敷く清盛に対し鬼を一掃するためひそかに影御先かげみさきに協力する清盛の長男重盛しげもりなど、様々な勢力や人物の思惑が交錯する伝奇アクション小説です。
 
シリーズの序盤なため、まだ小競り合い程度で、弁慶は登場せず源平合戦も始まりません。
 
吸血鬼が登場する伝奇小説と言っても、基本的には山田風太郎の忍法帖シリーズのような血湧き肉躍る忍術めいた異能を駆使するアクションが中心です。
 
そのため、テンポが非常に速く、中盤以降、影御先かげみさきと血吸い鬼たちとの本格的な戦いが始まるとページをめくる手が止まらなくなるほど熱中します。
 
ただ、読者を飽きさせないように語りのスピードを上げすぎた弊害で、個々のキャラクターの背景が薄く大して印象に残らないという問題も生じています。
 

無駄のないハイテンポ忍び伝奇アクション

 

この小説最大の魅力は、読者を飽きさせない、もたつき皆無な語りのテンポです。
 
1巻の冒頭は、静御前と源義経という両主人公がなぜ血吸い鬼たちと敵対することになるのか、その経緯いきさつの説明に費やされますが、ほとんどの場面が平家の支配下で民がどれほど貧困に喘いでいるのかという、平安末期の京の説明と絡ませて語られるため、無駄がありません。
 
しかも、源平合戦で使用された平氏のあか旗と源氏の白旗に呼応させるように、血を吸う鬼や、平家や公家が無辜むこの民に振るう暴力で流される血(紅色)のイメージと、白百合ゆりの花に喩えられる常盤ときわや、雪の中で慈悲深く旅芸人の命を救う義経の父である源義朝よしともの回想と、同じく雪の降る中を母である常盤に連れられ鞍馬くらま寺を訪れる牛若(義経)と、小説の各所にさり気なく紅白のイメージを散りばめるセンスの良さは見事でした。
 

ちなみに、本作に登場する義経は、NHKの大河ドラマ『義経』でタッキーが演じた誰に対しても情け深い義経像と大変似ており、頭の中で想像する義経イメージはずっとタッキーでした

 
序盤、『伊勢物語』でお馴染みのみなもとのとおるが作った河原院かわらのいんの廃墟で繰り広げられる乱戦があまりにもつたなく、この作者のアクションを書く力量は大丈夫なのかと一時不安になりましたが、それ以降の活劇場面はどれも手に汗握るスリル満点の出来に仕上がっており、序盤に感じた不安は払拭されました。
 
伝奇小説として見た場合は吸血鬼や鬼狩り集団である影御先かげみさきの歴史背景に深みが足りず、どのように外国の吸血鬼が日本へと渡ってきたのかや、影御先かげみさきが歴史の裏側でどのように血を吸う鬼たちと戦ってきたのか、その部分に満足いくような説明がないため、この点は明確に物足りません。
 
それでも、無駄を削ぎ落としエンタメに全振りしているため、設定の薄さをアクションの勢いが吹き飛ばしてくれ、約500ページというボリュームがあっという間でした。
 

最大の欠点はキャラクターの薄さ

 

この小説で最も不満だったのは、静と義経以外の登場人物の描かれ方が淡白な点です。
 
何よりも語りのテンポを重視しているため、話が停滞することなくポンポンと先に進み、影御先と血吸い鬼たちとの戦いも実力が拮抗し敵味方共に呆気なく死んでいくため次は誰が殺されるのか常に緊張が漂う反面、仲間が何人殺されたとしても特に思い入れもなく、その死に心が動かされることもありません
 
しかし、静と義経は戦闘の最中に見知った人や仲間が殺されると烈火の如く怒ります。ここで読者側と主人公の心情が乖離してしまい、ふっと気持ちが冷め、現実に引き戻される瞬間が幾度かありました。
 
描写が不足している箇所で特に気になったのは、憎き血吸い鬼と戦う影御先の仲間たちがなぜ鬼を怨み鬼と命懸けで戦うのかという動機の説明がほぼ書かれないこと。そのせいで仲間たちが志半ばで倒れても、どんな無念を胸に抱え死んでいくのか想像できません。
 
テンポを重視したことの最大の弊害は、主人公たちにとって愛おしい存在が、読者にとってさほど重要な人物に感じないという点で、この欠点は大きな問題だと思います。
 

最後に

 
誰がいつ殺されるか分からない、忍術に近い異能を駆使するノンストップ・アクション伝奇小説として見た場合は超一級の面白さで、読んで絶対に損はありません。
 
ただ、異能の設定や、伝奇小説特有の膨大な歴史背景の説明などは控え目で、あくまで読者を飽きさせないサスペンス展開を売りにする小説なため、読後感はわりとあっさりめです。
 

個人的にはもう少し平家や後白河上皇などを絡めた政治的な駆け引きを期待していましたが、そこは極めて薄いです

 
正直、キャラクターや設定が継続するシリーズものはすぐに細かい設定を忘れてしまうため苦手ですが、この源平妖乱シリーズは基本的に義経の一生か同時代である『平家物語』さえ頭に入っていればストーリーを見失うことはなく、次巻以降も引き続き読みたいと思います。
 

源平妖乱シリーズ

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