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【小説】120年経っても色褪せない不滅の物語 |『闇の奥(光文社版)』| ジョゼフ・コンラッド | 感想 評価 レビュー 書評

作品情報
著者
訳者
ジョゼフ・コンラッド
黒原敏行
出版日 1902年(イギリス)
評価 85/100
オススメ度
ページ数 約200ページ

小説の概要

 
この作品は、語り手であるチャーリー・マーロウが、かつて貿易会社で働いていた際、当時のベルギーの植民地であり象牙ぞうげを手に入れるため現地人が奴隷として酷使させられていたコンゴ自由国(現在のコンゴ民主共和国)の奥地で消息不明となった男“クルツ”を救助するためコンゴ川を彷徨さまよった地獄の出来事を回想するというイギリスの小説です。
 
コンゴをベトナムに置き換えた映画史に残る大傑作である『地獄の黙示録』の原作(原案)であり、その他もクルツを謎多きテロリストであるジョン・ポールにした伊藤計劃けいかくのSF小説『虐殺器官』。アフリカのコンゴを中東のドバイに、象牙を水に置き換えたゲームの『スペックオプス:ザ・ライン』など、後世の作家・クリエーターに多大な影響を与えた一冊でもあります。
 
かつてヨーロッパがアフリカで行っていた植民地支配の悲惨な実態を暴き出し当時の社会に衝撃を与えた歴史的な一冊であると同時に、天才社員として未来を期待されていたクルツがコンゴの密林の奥で謎の失踪を遂げ救助に向かう途中でクルツの身に起こった出来事が語られていくという先が気になるミステリアスなストーリーと、120年以上も前の小説ながら今読んでも色褪せない名作です。
 
ただ、現在では『闇の奥』の影響を受けたより刺激的な物語が山のように存在するため、今読むとクルツ周りの真相などは地味に感じてしまいます。
 

『闇の奥』フォロワーを大量に生み出した衝撃の物語

 
この120年以上前の小説を今更ながら読んだ理由は、単純に映画『地獄の黙示録』の原作なのでいつか読みたいと思っていたためです。
 
意外だったのは苦もなくスラスラと読め進められる、その読みやすさでした。なぜなら、小説全体がチャーリー・マーロウという船乗りの回想で出来ており、ほぼマーロウが一方的に喋っているだけで小難しい描写が存在しないためです。この全編が一人語り(話し言葉)だけで出来ているという特殊な作りゆえに普通の小説に比べ遙かに読みやすくなっています。
 
しかもコンゴの植民地で行われた象牙ぞうげを手に入れるため現地の人間を奴隷として酷使するという凄惨な話なのに、マーロウはユーモラスに過去を語るためそこが良くも悪くも相殺されてしまいシニカルな冒険小説風になっているなど、読んでいて辛いとか難解と感じる箇所はほぼありません。
 

聖書の引用や歴史的な人物・出来事など特別な知識が必要な箇所にはきちんと解説が入っていることも読みやすさに貢献しています

 
この小説最大の魅力は、クルツという名前だけが繰り返し何度も登場するのに終盤まで不在である人物を中心に物語が進むという、後世の様々な作品に影響を与えた卓越した物語構造です。
 
コンゴで出会う様々な人物がクルツの噂話をマーロウに聞かせ、ある人はクルツを将来有望の天才と称し、ある人は自分の出世を脅かす憎々しい人物として語り、ある人はクルツを神の如くあがめ惚れ込んでいるなど、行く先々でクルツへの印象が少しずつ変化していくため、クルツという存在が勝手に自分の中で神格化されていき次第にクルツに会ってみたいという語り手マーロウの心境と重なっていきます。
 
しかも奇妙なことに、クルツは熱病やら伝染病が蔓延するコンゴの密林に自分の意志で残り消息を絶ったという不可解な行動を取っており、その捜索に向かう話は常に先が気になり続けるなど、不在のカリスマを巡るミステリーやサスペンス、過酷な環境であるコンゴ川を蒸気船で命懸けで進む冒険小説要素など、各種の魅力がふんだんに詰まっており、後世の様々な作品に構造を真似される理由が分かりました。
 
ただ、仕方のないことですが現在ではこの不可解な失踪を遂げた人物を巡る話という部分を強調され味付けされた物語が山のようにあるため、さすがに今読むとクルツに関連する部分はあっさりしているという印象も受けます。
 

最後に

 
古典文学にしてはユーモラスな作風な上に全編話し言葉で書かれているため圧倒的に読みやすく、しかも中篇小説程度のボリュームで軽く1日で読めてしまうなど、読む前は重々しいイメージだったのに実際に読み出すとあっという間です。
 
映画『地獄の黙示録』をはじめ、後世の様々な物語に多大な影響を与えた古典文学として食わず嫌いせずに読んで本当に良かったと思える一冊でした。
 
 

 

 

 

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