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【歴史小説】信長の鷹匠 『戦国秘録 白鷹(はくよう)伝』 著者:山本兼一 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:90/100
作品情報
著者 山本兼一
出版日 2002年4月1日

小説の概要

 
 この作品は、織田信長や豊臣秀吉に鷹匠たかじょうとして仕えた小林家鷹いえたかの半生を描く歴史・時代小説です。
 
 鷹匠たかじょうとは、貴族や戦国武将が飼う鷹やはやぶさの世話をし、鷹狩りの際には同伴する専属の調教師のような仕事です。
 
 乱世の世での鷹匠の日常的な仕事風景や、貴族や武将のみが許された贅沢である鷹狩りがどのように権力を誇示する目的で利用されたのか、など、戦国の鷹に関する知識が豊富で、面白いと同時に勉強にもなる一挙両得の傑作でした。
 
 ただ、山本兼一作品全般が抱える根本のストーリーが弱いため読み終えた後の余韻が薄いという問題は他作品と同様です。
 

脅威のデビュー作

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 この小説は、作者の長編デビュー作ですが、新人らしく挑戦的でギラギラと尖った気性が滲み出ている以外は、これといってつたない部分は無く、ベテランが書いたと言われてもなんら遜色ない完成度です。
 
 普通、その作家の代表作を先に読んでからデビュー作へ遡る場合、高確率で未熟な腕前ゆえの読み辛さに悩まされますが、本作の場合はそんなものは微塵もありません。直木賞を受賞した『利休にたずねよ』と比較しても作品そのものの完成度に差は特に無く、デビュー作としては怪物じみているとすら思います。
 

 
 それに、戦国時代で背景として扱われる文化人(芸術家)職人を積極的に主役へ据えるという後の作品でも一貫する作風がすでにデビュー作の段階で固まっており、新人らしからぬどっしりとした安定感がさまになっています。
 
 読む前はすでに円熟の域に達した後の傑作を読んでいたためそれほど期待していませんでした。しかし、アイデアも文章力も新人離れしており拙さに興を削がれる瞬間は皆無で終始楽しく読めます。
 

貴族の遊びの裏から覗く戦国

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 この小説で最も優れているのが、鷹匠という特殊な職業に注目する着眼点の見事さです。
 
 歴史上実際に存在した、織田信長の鷹匠であった小林家鷹の眼を借り、戦国の世を鷹や鷹狩りという非日常な視点から眺め渡すという趣向の面白味は、千利休を主役とする『利休にたずねよ』と比較してもまったく引けを取りません。
 

ちなみに、戦国の数奇者たちを描く漫画『へうげもの』の単行本2巻にほんの少しだけ家鷹が登場しています

 
 茶会のような庶民も親しむ穏やかな文化とは根本的に違う、貴族や武将といった権力者にのみ許された贅沢極まりない遊びを通じて戦国の世を観察するという試みは見知った時代を異なる角度から見つめる新鮮な驚きに満ちています。
 
 時には同盟を結ぶ他国の大名や朝廷の貴族(公家)との政治的駆け引きの場として、時には獲物を捕まえるべく斥候を放ち慎重に追い詰めていく大規模な軍事演習の場として、時にはみかどや他国に自分たちがどれほど優れた鷹を有しているか見せつけ恫喝する政治パフォーマンスの場として、そして何よりも戦疲れでへとへとな心身を癒してくれる贅沢な息抜きとして、いかに戦国武将たちが鷹狩りに魅了され、暇さえあれば鷹狩りに興じていたのかその理由が分かります。
 

短気でいつも怒っている信長がお気に入りの鷹で獲物を捕まえ無邪気に喜ぶ姿には顔が綻んでしまいます

 
 それに、主人公と親しい間柄のモンゴル人を出すことで日本人の気質や文化を外国の視点で分析・批評させるという構造も後の作品と同様すでにデビュー作から組み込まれており、ここも新人らしからぬ用意周到さで驚かされます。これは『火天の城』ではイエズス会の宣教師に安土城を批評させ、『利休にたずねよ』でも日本の茶の湯の在り方を同じく宣教師に小バカにさせていました。
 
 このような達人の技を披露しつつ、常に外国の冷ややかな視線を組み込むことで自国文化に陶酔する愚を犯さず、文脈が分からないと理解出来ないローカルな美意識であるという客観的な視点を盛り込む姿勢は好感が持てます。
 
 何もかもベテランの風格が漂う中、唯一文体だけはデビュー作らしく若々しさがあります。狩りの緊張を表現するため文章を細かく切ることで対象を凝視し息を呑む効果を演出できており、鷹狩りを題材とする小説としては理に叶った手法でした。
 
 ただ、残念なのは“からくつわ”という伝説に登場する白い鷹を巡る話がやや中途半端なことです。序盤の展開ではもっと物語的に重要な役割を担う存在なのかと思っていたら、途中から単に白くて珍しい鷹程度の扱いとなり、やや拍子抜けでした。序盤の白鷹の神々しさはなんだったんだと思うくらい出番が減り、扱いもぞんざいになっていくため、タイトルでもある白鷹がイマイチ印象に残りません。
 
 この問題は後述する一つ一つの要素がぶつ切りになりがちという後の作品にも共通する欠点に繋がるためかなり深刻だなと感じました。
 

ぶつ切りの設定、ぶつ切りのストーリー

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 山本兼一作品の不満はとにかく場面がぶつ切りになりやすく、それまで積み上げてきたものが後半にまるで活きないという場面の繋がりの薄さです。多分、この作者は一つのテーマを全体で貫き通すことで、徐々にテーマ性を深めていくという長丁場の構成が苦手なのだと思います。
 
 本作も他作品と同様に、場面ごとの情報量が多くても結局は他の場面と話の流れが分断されており、ただの一時的なウンチクの披露で終わってしまうケースが散見されます。
 
 それゆえ、長編なのに壮大な物語を読み終えたという満足度が乏しいという問題はどの作品も共通でした。
 

最後に

 
 この小説を読んだことで、茶会が好きそうな内向的な武将と、鷹狩りを好む外向的な武将という視点が持て、戦国時代がより豊かに見えるようになりました。
 
 白鷹を巡るストーリーの弱さと読後の余韻の薄さが若干気にはなりますが、それ以外は新人のデビュー作としては破格なまでの完成度で、文句なしの傑作です。
 

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