著者 | 貴志祐介 |
出版日 | 2013年9月20日 |
難易度 | 普通 |
オススメ度 | ☆ |
ページ数 | 約261ページ |
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本の概要
この本は、過去に雑誌で発表されたエッセイやインタビュー記事、『黒い家』が韓国で映画化された際に行った講演など、様々な媒体での貴志祐介さんの発言がまとめられた一冊です。
海外で暮らした幼少期の思い出や、海外留学していた学生時代の出来事、作家になる前のサラリーマン時代の苦労話、日常の出来事から創作に関する心構えなど、エッセイには特にテーマ的な統一性はありません。しかし、日常の何気ない出来事からどのように小説のアイデアを拾うのかという作家の視点を垣間見られるエッセイが豊富で、作者の人柄を深く知ることが出来ます。
その他、『新世界より』で描かれたカヌーで利根川をさかのぼる夏季キャンプのアイデア元となる四万十 川でのカヌーツアーのエピソードはじめ、数々の小説に登場する元ネタも披露され貴志祐介作品を読んでいればいるほど得る物が多い一冊です。
貴志祐介の作家としての流儀が学べる、楽しい上に読み応えもある傑作エッセイ集
このエッセイで特に印象的なのが、貴志祐介作品が毎回強く訴える倫理の大切さや暴力や死を通して描かれる人としての尊厳の在り方がどのような人生経験によって固まったのか、その形成過程が読み解ける点です。
学生時代の留学経験や、サラリーマン時代に研修として海外生活を送っていた過去、海外で差別を受けた話や、阪神淡路大震災で被災した体験など、あまり一所 に定住せず転校や転勤を繰り返し様々な土地を渡り歩いた体験があの傑作揃いの作品群を生み出せた要因だと分かり、より作家としても一人の人間としても信頼が深まりました。
『青の炎』で完全犯罪のトリックを事細かく描写したらTVで殺人を煽っているとバッシングされ傷ついた話など、世の中で事件が起こった際にヤリ玉に挙げられる側の苦労や、そこから暴力を題材とした小説にどのような学びを込められるのか苦悩する姿勢が窺え、読めば読むほど貴志祐介という作家が好きになります。
『青の炎』はトラブルを暴力に頼って解決しようとすると最悪の結末になるというマジメなメッセージなのにメディアはバカ過ぎですね
貴志祐介作品の元ネタ大放出
このエッセイは、貴志祐介さんの半生を覗くことで作家性が形成される過程を知ることが出来るという以外に、各小説の元ネタとなる出来事や発言も大量に収録されています。そのため、貴志祐介作品を読んでいればいるほど嬉しい発見があります。
色々なクリエイターのインタビューを読むと、その人を代表するような傑作は大体プロになる遙か以前に着想を得て、長い時間を掛けアイデアを育てたものが多く、貴志祐介さんもそれがストレートに当てはまる作家だなと思いました。
『新世界より』で早季たちが乗るカヌーの描写がやたら細かいのは実際にカヌー塾で扱い方を習ったからという体験談や、子供の頃に読んだ本の中で一番怖かったのが『雨月物語』という『十三番目の人格 ISOLA』の設定に繋がる話。
明らかに『天使の囀り』の元ネタらしい人間に寄生した冬虫夏草が個体を増やしていくという小説の構想や、作家を夢見て一念発起し会社を退職し賞を獲るため貯金を切り崩しながら小説を書き続けていた苦しみの時代は『ダークゾーン』で将棋のプロになれるかどうか分からず苦悩する主人公の心境に反映されているなど、至る所に後の小説の核となるアイデアの素が散らばっており、見つける度に嬉しくて仕方がありませんでした。
このエッセイを読むと、貴志祐介作品の核となるアイデアのほとんどは作者の実体験から選りすぐったものだけで出来ていることが分かります。この事から、読んでいる最中は面白くてもすぐに内容を忘れてしまう小説と、読み終わった後も長く記憶に残る小説の違いは、作者本人の人生と作品の密接な関係性にあるのかなと考えさせられました。
前に『新世界より』の裏話が読めるのではないかと期待して『エンタテインメントの作り方』という本を読みましたが、むしろ各小説の裏話が満喫出来るのはこちらのエッセイの方でした。
最後に
物事を一歩引いて外側から観測する視座は海外生活や各地を転々としてきた人生経験の豊富さから、全ての小説で一本筋が通る真摯な倫理観が貫かれているのは常に他者への想像力を忘れない大人な姿勢からと、貴志祐介小説がなぜ魅力的で読む者の心を鷲掴むのかその理由が分かる素晴らしいエッセイでした。
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