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【大河ドラマ】夢に生き、夢に散った軍師・山本勘助 『風林火山』 〈レビュー・感想〉

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OP

評価:95/100
作品情報
放送期間 2007年1月~12月
話数 全50話
放送局 NHK

ドラマの概要

 
 この作品は、井上靖の歴史小説『風林火山』を原作とし、戦国時代の武将である武田信玄に仕えた軍師・山本勘助かんすけの人生を描くNHKの大河ドラマです。
 
 過酷な戦国の世で、片目が見えず片足も不自由という身体的なハンデを抱えながらどんな汚い手を使ってでも必死で這い上がろうとする山本勘助の泥臭い生き様が魅力です。
 
 それに他の大河ドラマとは異なり、乱獲りという軍が敵領地で行う民百姓からの略奪行為や、女性への性的暴行、捕虜の人身売買といった戦国時代の残虐な行為を真正面から描いており、大河ドラマの中でもかなり大人向けの内容となっています。
 
 前半はすこぶる面白いのに後半やや失速してしまうことや、川中島の戦いで立ちはだかる最大のライバル上杉謙信サイドの描き方が非常に薄っぺらくラストがイマイチ盛り上がらないという不満もあり、手放しで絶賛という完成度ではありません。
 
 しかし、一見重苦しい話のようでいて、実際は武田信玄という一人の人間にとことん惚れ込み、主君である信玄に天下を取らせるという夢に生き夢に散った男のシンプルで熱い物語であり、余韻は極めて爽やかでした。
 

大河ドラマの話数を最大限利用する、忍耐強い脚本

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 この大河ドラマ最大の魅力は、徹底して焦らしまくる脚本の粘り強さです。人と人とが心を通わす過程を普通のドラマだとあり得ないほど長い時間をかけ根気強く描き抜くため、心が通じ合った瞬間のカタルシスが並みのドラマを遙かに凌駕し信頼関係に嘘臭さが微塵もありません。
 
 特にそれが顕著なのが主人公である山本勘助と軍師として仕える武田信玄で、序盤は勘助が全登場人物の中で最も武田家を憎む存在として描かれ、何話も何話も武田家への恨みつらみをしつこくしつこく繰り返し見せ、勘助の心が丸裸になるまで憎しみの感情を吐き出させながら、二人が家族からのけ者にされ孤独を抱える似た者同士であるという対比を丁寧に丁寧に積み重ね、それからようやく武田信玄の誠の言葉が勘助の胸に沁みる境地に至るため、その瞬間本当に人と人との心が通じ合った様を目撃したような深い深い感動に包まれました。
 
 このように、誰かと誰かの心が通じ合うという場面を作る際に妥協を一切せず、徹底的に尺を割いてその人間がまとう心の鎧を剥ぎ取り、その人が真に建前を捨て丸裸になるまで脚本を突き詰めるため、人と人との関係性がとてつもないほど深く濃密に感じられます
 
 この、最初は小さな感情の種が、大地に根を張り大きな大きな大樹に育つのをじっと見守り続ける脚本は話数を大量に用意できないと到底実現出来ないスケールなので、まさに大河ドラマでしか味わえない最上の喜びだと思います。
 

この『風林火山』というドラマを見ると、いかに普通のドラマは人と人との心が通じ合う瞬間の描き方が雑で浅いのかというのがよく分かります

 
 あまりに勘助と信玄の関係性が濃密なため、それ以外の陣営の人間関係がどれもスカスカで薄っぺらく見えてしまうという弊害が生じるほど二人の描写には最善の注意が払われており、この二人の強固な絆を完璧な説得力で描き切っただけでこのドラマは成功していると思います。
 
 全体的に脚本は見事で、どんな場面もなんとなく雰囲気で誤魔化すということをせず、とことん見ている視聴者が心の底から納得することを目指して脚本を磨き抜いているため、自己満足に陥らない真のプロフェッショナルの仕事に触れる感動がありました。
 

役者の個性を尊重する斬新な試み

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 このドラマは脚本が出色なことに加え、役者の演技に対するスタンスも非常に変わっており、そこも魅力でした。何が変わっているかというと、役者ごとに演技のリアリティラインを変えてしまうという大胆な試みです。
 
 映画俳優である仲代達矢や千葉真一は映画的な抑制の効いた演技をさせ、歌舞伎役者である市川亀治郎(現在は四代目市川猿之助)にはほとんど歌舞伎のようなリアリティを完全に無視したけれん味優先の演技をさせ、舞台役者である内野聖陽には逆に人間臭い演技をさせ、ミュージシャンのガクトにはビジュアル系のバンドのような奔放な振る舞いをさせと、それぞれ演技の統一性がまったくありません
 
 各々の俳優が自分が普段活躍するフィールドの振る舞いをそのまま大河ドラマに持ち込んでいるので、それが戦国の世を生きる者たちの強烈な個性として際立ちます。
 
 特に、武田信玄の父である武田信虎役の仲代達矢はいかにも映画俳優的な抑制の効いた見る者を突き放すような演技を見せそれが信虎の冷酷さに磨きをかけ、対して信玄役の歌舞伎役者の市川亀治郎の見る者の情に訴えるような演技は温かみがあり、この親子が分かり合えないという展開が演技の方向性の違いからも明確に伝わってくるのは面白いなと思いました。
 
 いくら何でも上杉謙信(作中では上杉政虎)役のガクトだけは最後まで異物にしか見えませんが、このそれぞれの役者が得意とする演技をさせ、それを登場人物の個性として作品が取り込んでしまうというやり方は非常に刺激的で、脚本の完成度と同じくらい印象に残ります。
 

もしくは超大物俳優だらけでスタッフ側が怯えて望む演技を要求できなかったのかもしれません

前半は最高!! 後半はやや失速

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 この作品の大きな不満は、前半の怒濤の面白さに対し後半の失速ぶりと、最後に勘助の前に立ちはだかる上杉謙信サイドのペラペラな描かれ方です。
 
 このドラマは、どうしても武田家の濃い人間関係の構築こそを主軸にしているため、武田家が徐々に一つにまとまっていく過程は楽しいのに、一端まとまってしまうとそれ以降は若干退屈に感じます。
 
 それに、最終決戦が越後の上杉家と甲斐の武田家との第四次川中島の戦いなのに、上杉側の描き込みが武田側に比べるとあまりにも薄っぺらく、ラストの戦いがイマイチ盛り上がりませんでした。
 
 個人的に、この上杉側のペラペラの描写が本作で最もガッカリした点で、ここさえもっと力を入れていれば大河ドラマの中でも屈指のラストに仕上がったと思うので、残念でなりません。
 
 それに、ややネタバレになりますが、第四次川中島の戦いで勘助が思い付くある作戦が、これまでの人生で培った経験を元に考案されるのではなく、単に地元の人間に教えて貰うだけという安易な展開も心底落胆しました。
 
 ここは勘助の人生の集大成なので、出来れば勘助という肉体的なハンデを背負ったものだから思い付いたとか、周りからさげすまれ泥臭い生き方をしてきたからこの方法に辿り着くなど、勘助の人生をドラマチックに集約させるような描き方をして欲しかったです。
 

最後に

 
 上杉サイドを丁寧に描かなかった結果ラストが若干不発に終わってしまうという致命的な問題はあるものの、山本勘助と武田信玄、二人の揺るぎない絆を一切妥協のない脚本と役者の演技で表現仕切った手腕は見事でした。
 
 懸命に生きた一人の人間の命が燃え尽きた後にかおる、これぞ大河ドラマという爽やかな余韻も最高で、最後まで見終えると本当に良い物語だったと思える、間違いなく大河ドラマ史に残る傑作です。
 
 

 

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