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【歴史小説】大河ドラマで大化けした凡作 『風林火山』 著者:井上靖 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:75/100
作品情報
著者 井上靖
出版日 1955年

小説の概要

 
 この作品は、戦国時代の武将である武田信玄に仕えた軍師・山本勘助かんすけを主人公とした歴史小説です。
 
 2007年にNHKで放映された大河ドラマ『風林火山』の原作小説でもあります。
 

 
 文学としては、山本勘助と武田信玄、そして信玄の側室であり勘助の想い人である由布ゆぶ(大河ドラマ版では由布ゆう姫)を巡り愛憎が交差する人間模様が堪能できます。
 
 しかし、歴史小説としてはページ数が控え目で物語に厚みがなく、歴史考証も間違いだらけで、お世辞にも文章が美しいワケでもなく、長所と短所が半々の凡作といった出来でした。
 

投げやりな文章

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 この小説は、端的に言って完成度が高くありません。まともに推敲したのか疑問に思うほど文章が投げやりで、到底物語に入り込むなど不可能です。
 
 風景描写がほとんど省かれ文章が殺風景に感じられることや、歴史小説なのに「ヒステリックに笑った」など平気で作中に英語が登場するなど、おおよそやる気があるとは思えません。ただ必要最低限の情報だけ粗雑に並べたような味気ない作風で、凄い小説を書いてやるといった意気込みは微塵も伝わってきませんでした。
 
 歴史考証の間違いも目立ち、上田原うえだはらの戦いと砥石といし城の戦いの順番がひっくり返っており、そのせいですでに上田原の戦いで戦死しているはずの武田家の重臣・板垣いたがき信方のぶかたが砥石城の戦いに参加しているなど、矛盾が生じています。
 

本能寺の変の後に織田信長がそのまま登場し続けるようなものですね

 
 上杉謙信もまだ川中島の戦いの時点では謙信という法名ではないのに、勘助たち武田勢は終始、謙信、謙信と呼ぶなど、そこら中間違いだらけで歴史小説としては粗ばかり目立ちまともに読めません
 
 ただ、主人公である山本勘助の人物設定は秀逸で、歴史小説というよりは人の内面を深く掘り下げる文学的な妙味があります。
 
 読んでいて連想した作品はフランスの作家ヴィクトル・ユーゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』(ディズニーアニメ版では『ノートルダムの鐘』。自分はこちらのディズニーアニメ版しか知りません)です。
 
 醜い男(山本勘助)が自由を愛する美女(由布ゆぶ姫)に恋をし、その美女は醜い自分以外の女たらしの男(武田信玄)が好きで、その相手には妻や別の愛人がいて女もそのことに苦しむという関係性が『ノートルダムの鐘』っぽく、そのことも歴史小説というより人間観察を楽しむ文学を読んでいるような気分になる要因の一つだと思います。
 
 この作品は歴史小説としての魅力はほぼありませんが、山本勘助を由布ゆぶ姫に純愛を貫く不器用な男として描き、女たらしで隙あらば由布ゆぶ姫以外の女を側室にしようとする武田信玄に対し、忠誠と同時に憎しみを抱き、その狭間で苦悩する文学としては一定の面白味があります。
 

大河ドラマ版との比較

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 原作小説を読むと大河ドラマ版の脚色が化け物なのが分かり、より大河ドラマ版の評価が向上しました。
 
 この小説はページ数がほとんどなく長篇というより中篇くらいのボリュームです。それに対し大河ドラマ版では足りない情報を足し、必要な描写を加え、登場人物の関係性をより複雑かつ密接に絡ませるように工夫するなど徹底的な肉付けが行われており、作品としての豪華さは数十倍増しています。
 
 しかし、物語の核である山本勘助、武田信玄、由布ゆぶ姫の愛憎入り交じる関係性が軸という部分は原作に忠実でいかほどもブレていません
 
 そのため、原作の核は丁寧に保護しつつ、核を損なわない範囲で細部を補強するという理想的な映像化がされており、どう逆立ちしても大河ドラマ版のほうが完成度は上です。
 
 ただ、唯一原作小説のほうが勝っているは山本勘助のあくどさに一切の妥協がないことで、この点においては大河ドラマ版のほうが分が悪く劣っています。
 
 原作の山本勘助は軍師というより、口からでまかせばかり吐くただのペテン師詐欺師のような人物で、誰もが目を逸らすほど見た目が醜く、全国を旅したこともないのに日本中の津々浦々つつうらうらの地形を知り尽くしていると嘘を付いて武田家に召し抱えられ、剣術なんて一つも出来ないのに剣の達人のフリをし、自分にとって価値のある人間は利用した後にゴミのように殺して捨てるといった、おおよそまともな人間としては描かれません
 
 それゆえに武田信玄や由布ゆぶ姫といった自分が高貴であると認めた人物にだけは嘘をつけず一途な想いを抱くという異様さが際立ちます。
 
 それに対し大河ドラマ版は山本勘助を演じる内野聖陽が長身で見た目もハンサム。きちんと旅をして地理に詳しく剣術も達人の域。性格もNHKのドラマらしくある程度常識人として描かれると、原作の心が荒んだ醜いペテン師がひたすら武田信玄と由布ゆぶ姫を高貴で美しい存在として崇拝するという、どこか『指輪物語』における一つの指輪を崇めるゴラムのようなドロドロとした暗い文学性は薄れています。
 
 その点を差し引いたとしても大河ドラマ版のほうがほぼ全てにおいて勝っており、改めて大河ドラマ版は大傑作だったと思い知らされました。
 

最後に

 
 原作小説を読むといかに手抜きのような粗い小説の中にあるダイヤの原石を大河ドラマ版が丁寧に磨き上げ傑作に仕上げているのか分かり、非常に有意義でした。
 
 歴史小説としては粗さばかり目立ちますが、山本勘助の見た目は醜いのに心の芯の部分はどこまでも純粋という描かれ方は原作小説のほうが尖っており、今読んでも文学としての味わいは十分堪能できます。
 

大河ドラマ版

 

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