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【ビジネス書】工業デザイナーのものづくり論と日本への警鐘 |『フェラーリと鉄瓶 一本の線から生まれる「価値あるものづくり」』| 奥山清行 | 書評 レビュー 感想

本の情報
著者 奥山清行
出版日 2007年3月1日
難易度 普通
オススメ度
ページ数 約214ページ

本の概要

 
この本は、工業デザイナーの著者が海外生活で体験した出来事や、ものづくり論について語るエッセイです。
 
アメリカのGM(ゼネラルモーターズ)やドイツのポルシェ、イタリアのフェラーリ(の、カーデザインを担当するピニンファリーナ)と、世界中でカーデザインを中心とし様々な工業デザインの仕事にたずさわった著者の日本と海外のデザインへの意識の違いが主に語られます。
 
デザインの話に限らず、イタリア滞在記としての面白さも兼ね揃えており、デザイナーから見たイタリア人の職人気質の説明や、日本では考えられないイタリアでのトンデモ体験談など、全編楽しく読めます。
 
ただ、最後は海外生活が長い著者から見た、現代日本の深刻なまでにおとろえたデザインセンスとものづくり力の低下に対し警鐘が鳴らされ、読み終えた後は世界の美的感覚から完全に取り残される日本の現状に危機感すら覚える苦い後味が残ります。
 

珍トラブルが連続するイタリア滞在記

 
この本は、工業デザイナーによるデザインやものづくり論に関するエッセイが中心となっています。しかし、それと同じくらい楽しいのが、著者の珍トラブルが連続するイタリア滞在記の部分です。
 
定期購読する雑誌がいつになっても届かず郵便局に問い合わせたら、郵便局員が勝手に荷物を物色し雑誌を家に持ち帰って読んでいたというトンデモなエピソードや、盲腸で緊急に病院へ行ったら手術は3ヶ月後だと言われ途方に暮れた話。
 
椎間板ヘルニアで立ち上がることすら困難な状態で、治療に必要な許可を取るため市役所に行くと一日中長蛇の列に並ばされ埒が明かず日本で手術したという苦労話など、日本では考えられない行政の怠慢に幾度も遭遇した話は不謹慎ながら笑いました。
 
列車が時間通りにこないなんて当たり前。3番線とアナウンスしていたのに4番線に列車が入ってきて駅員に文句を言ったら「列車が来るだけでありがたいと思え」と逆ギレされる始末。
 
頻繁にストライキが起こるため交通機関が止まることも多く、しかもストライキ中でもバスの運転手が無断でバスを走らせバス料金を全部自分の懐に入れてしまうというデタラメにも程がある出来事の数々にイタリアという国に対するイメージが劇変しました。
 
『バッタを倒しにアフリカへ』という、昆虫学者見習いがアフリカのモーリタニアに滞在した際に遭遇した、郵便局員に賄賂を渡さないと日本から届いた荷物を受け取れないという酷い話を思い出すほどで、この本が面白ければ『バッタを倒しに…』のほうも好みに合うと思います。
 

フェラーリのブランド戦略

 
この本のテーマは、デザイン論やものづくり論、それに絡めたブランディング戦略の話です。特に読んでいて感動したのが世界的な自動車メーカーであるイタリアのフェラーリがどのように自分たちのブランドを維持しているのかという話でした。
 
採算を度外視してF1などのモータースポーツに資金を投入し、そこで得た世界最先端のノウハウを自社の高級スポーツカーにフィードバックし、数年ごとに発売される一台約7500万円の記念モデルは過去に発売されたあらゆる車を超える新車にすることのみを目指すという、リスクヘッジなど眼中にないスタンスに狂気すら感じます
 
その記念モデルも、その人がフェラーリの記念モデルを所有するに相応しいか、その人が記念モデルに乗ることでフェラーリのブランドイメージが向上するかフェラーリ側が徹底的に客の身辺調査を行いそれに合格したものだけが乗車を許されるというプロセスを経ると知り、驚きました。
 
投機目的で車を買うような金の亡者はまったくの論外で、自分たちが真心を込めて作った車を売るに相応しいと判断した相手にしか売らないという厳格な態度が会社への信頼へと繋がり、それがフェラーリに乗っている自分は選ばれし者であるという優越感を客に与える効果を生み、フェラーリとフェラーリファンとの間に絶大な信頼関係を築くという話は感動的ですらあります。
 
イタリアのブランド品というのは良い物、長く使える物を作ることで売る側・買う側の厚い信頼関係を築くことを主眼に置き、そのためブランド品を所有するほどの品性も持ち合わせていないのに、金に物を言わせてブランド品を買い漁りに来る日本の観光客は本当に恥ずかしいという話に納得しました。
 
ブランドとは作る側のものづくりへの熱い情熱だけでなく、その作り手のこだわりを見抜き評価する客側の品格も問われるものであり、上質なブランドとは上質な客がいて初めて成立するものだと思います。
 

壊滅的な日本の美的センス

 
そして、フェラーリの感動的なブランド戦略の後に語られるのが『スローシティ』という本でも触れられた、完全に死んでいる日本人のデザインセンスへの警告です。
 

 
アメリカ・ドイツ・イタリアと世界を渡った著者から見ると汚い地方都市や田舎の景観は絶望的。しかも一切の美意識も、ものづくりへの魂も、客との信頼関係構築への意思も何も存在しないゴミのようなデザインの物が溢れかえる破滅的な日本市場もうんざりと、デザイナーから見るといかに日本という国がデザイン後進国で、そこで暮らす日本人の美的センスが終わっているのかという話に『スローシティ』を読んだ時と同様に再び日本人としてのプライドがえぐられました。
 
優れた美的センスを有するイタリア人に比べ、センスゼロの建造物に囲まれ、ゴミのようなデザインの物を躊躇せず普段使いし、おぞましいまでに狂った景観に気付きもしないこの国に未来はあるのか真剣に悩みます。
 

こんなえげつない惨状で、日本が世界に誇るブランドなど生まれるはずもありませんね

最後に

 
途中までは楽しく読んでいたのに、最後は日本のデザインに対する意識の低さに暗澹たる気分となり読後は酷く落ち込みました。
 
日本はかつて存在した先人たちの美的感覚を取り戻す努力をはじめないと取り返しがつかないまでの領域に踏み込んでしまうという危機感を覚える一冊でした。
 
 

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