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【メキシコ映画】メキシコ版の北野武バイオレンス映画 |『メキシコ 地獄の抗争』| レビュー 感想 評価

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トレーラー

評価:85/100
作品情報
公開日(海外) 2010年9月3日
上映時間 149分

映画の概要

 
この作品は、麻薬カルテルのボスの跡目を巡る争いの中で謎の死を遂げた弟の死の真相に近づいていくというクライムサスペンス映画です。
 
アメリカ帰りのメキシコ人が地元の麻薬カルテルの内輪揉めに絡んでいく話をコメディタッチで描くという狂気のアプローチで作られた怪作で、その大胆な作風には度肝を抜かれます。
 
突発的に起こる容赦のない暴力と、あり得ないタイミングで挟まれるユーモアやギャグが交互に繰り出される作風は無類の魅力があり、ぶっ飛んだセンスにただただ感服させられました。
 

あらすじ

 
メキシコからアメリカへ出稼ぎに出たベニー・ガルシアは20年ぶりに故郷の町サンミゲルへと帰郷する。しかし、そこは麻薬カルテルの後継者を巡るドロ沼の争いで毎日のように大量の死者が出る地獄と化していた。
 
帰郷したベニーは優しかった弟のペドロがギャングとなり、無残な最後を遂げたことを知りショックを受ける。
 
弟がなぜ惨い死に方をしたのか親しかった知人に訪ね回るベニーだったが、いつしか自身も麻薬が生み出す莫大な金に釣られ弟と同じギャングとしての人生を歩み出してしまう。
 

ビートたけしと北野武がダンスする、極悪バイオレンスコメディ

 
この映画は、見ていると次第に「これ北野武映画じゃないの?」と思うくらい、映画における笑いと暴力の混ぜ方の配分や、お笑い芸人みたいな役者たちを映画的に絡ませる作風が似ており驚かされました。
 
単純な言葉では決して説明できない、笑いが暴力を、暴力が笑いを引き立て、それぞれ単体だけでは絶対に出せない高度な映画的空気を醸しており、極上の映画体験を味わえます。
 
冴えない中年の主人公が映っているせいで絵面はマヌケなのに、メキシコの田舎の風景は空気が張り詰めていていつ暴力や犯罪が起こるか分からない緊張感が漂い、でも会話内容はおふざけそのものという、笑っていいのか怖がればいいのか判断がつかないたちの悪い冗談のような作風は2時間30分もあるのに見ていてまったく飽きませんでした。
 
どんな緊迫した場面でも笑いを入れるという姿勢が徹底されており、映画の『ターミネーター2』で言うと溶鉱炉に沈んでいくシーンにも笑いを仕込むくらいの徹底さで、今まで積み上げたドラマを無に帰すリスクを背負っても貪欲に笑わせようとする姿勢には感動すら覚えました。
 
実際に人を殺すような場面はそこまで暴力的に描かず、どちらかというと映画に暴力の気配を漂わせるのがうまく、暴力描写はそこまで激しくはありません。
 
ただ、暴力シーンにそれほど凄惨さがないせいで、終始笑いをねじ込む作風と相まって人が殺されている場面でも笑いそうになることも多く、映画としてはプラスに作用していると思います。
 
この映画は笑っていいのか、怖がればいいのか、はたまた怒ればいいのか、悲しめばいいのかなど、作品側がその場面ごとにどのような気分になればいいのか見る側に託してくれるため、自分自身の感情と常に折り合いを付けねばならず、暴力描写としてはやや緩くても映画としては刺激的です。
 
それにアメリカ暮らしが長く、メキシコ人なのに自国であるメキシコの現状を知らない主人公がメキシコの置かれる悲惨な状況を把握していくというサスペンスとしても非常に良くできており、心底作り手のセンスの良さに惚れ惚れしました。
 

奇抜さに頼らない映画としての高い安定性

 
この映画はユーモアとバイオレンスの混ぜ方があまりにも鮮烈過ぎて、そこが過剰に目立つものの、編集や撮影など映画の基礎部分のテクニックも器用で、決して奇抜さに振り回されない安定性があります。
 
重要な出来事を大胆に省略してしまう編集のキレは見事で、この唐突に場面が飛ぶ編集のおかげで心の準備をする間もなくいきなり事件の渦中に放り込まれるようで、次の瞬間に何が起こるのか最後の最後まで読めず、緊張が途絶えませんでした。
 
それに全体的にしょうもないやり取りで笑わせるシーンが多いのに、風景や建物の切り取り方、人物の画面への配し方など画作りのセンスがあるため決して画面が安っぽくなりません。
 
そのため作り手はショットだけで笑わせたり緊張感を出したりと映画的に高度なことも出来るのにあえてコントみたいなふざけた手法を選んでいるんだという演出の引き出しの多さが読み取れ他愛もないやり取りも安心して見ていられます。
 

メキシコの西田敏行

 
色々書いてきたものの、正直本作で一番記憶に残ったのは、どう見ても俳優の西田敏行にしか見えないコチロコ役のホアキン・コシオという役者の存在感です。
 
見た目はそれほどでもないものの、演技の仕方や佇まいが激似も激似で、映画を見ている最中ずっと脳が西田敏行としか捉えてくれませんでした
 
ただでさえ麻薬カルテルの抗争をコメディ風に見せるという異常な作風な上に、北野映画に感触が似ていて、しかも『アウトレイジ』シリーズにも出演している西田敏行にしか見えない俳優が出ているというオマケ付きで忘れられない作品になりました。
 

最後に

 
麻薬カルテルの血みどろの抗争をコメディタッチで描くという衝撃のアイデアが目立ち過ぎるものの、それ以外の要素も抜かりなく、一本の映画としては文句なしの傑作でした。
 
 

 

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