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昆虫学者見習いのモーリタニア滞在記 『バッタを倒しにアフリカへ』 著者:前野ウルド浩太郎 〈書評・レビュー・感想〉

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著者本人が登場する動画

本の情報
著者 前野ウルド浩太郎
出版日 2017年5月17日

短評

 
 学者の卵である著者が、サバクトビバッタの生態を調査しにアフリカのモーリタニアに3年間滞在した際の出来事をルポルタージュ風にまとめた一冊です。
 
 タイトルからバッタに関する話題が中心と思いきや、モーリタニアという国の文化や風習、滞在中に起こったハプニングの数々、バッタのことを知って貰うためのPR活動の記録や、昆虫学者を目指し方々ほうぼうで就職活動を行う話など、事前の想像とは異なり、バッタの話と若手の研究者の苦労話が半々となります。
 
 本全体が笑いを優先したユーモラスな内容で、著者のお笑い芸人のような濃いキャラクター共に親しみやすいのが特徴で、読むとモーリタニアとバッタに好感を抱くこと請け合いです。
 

フランスと砂漠の香り漂うモーリタニア滞在記

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 この本は、昆虫学者を目指すポスドク(ポスト・ドクターの略、大学で博士号を取得したが就職先がまだ決まっていない若手の研究者)が、アフリカで農作物に深刻な被害をもたらすサバクトビバッタの生態を調査するため、国土の大半をサハラ砂漠が占める国モーリタニアにある国立サバクトビバッタ研究所に外国人研究者として滞在した3年間の活動記録をルポルタージュ風に記したものです。
 
 タイトルからバッタの話題が中心なのかと思いきや、バッタ調査に関する話と若手研究者の苦労話がそれぞれ半々といった内容でした。
 
 基本は著者が身を持って体験したモーリタニアという国の自然や文化、国民性の面白エピソードや、若手のポスドクが経験する先行き不安の就職活動の話題、バッタはじめ砂漠に生息する生き物を調査するためのフィールドワークに関する話が主になります。単にバッタを紹介する本ではなく、バッタを研究する若手研究者の活動を紹介する本といった感じです。
 
 読んでいて楽しいのは、バッタ調査はもちろんのこと、モーリタニアという国に関する豊富な体験談です。
 
 アフリカ西部にあるモーリタニアは元フランスの植民地で、1960年に独立したものの、公用語はフランス語アラビア語でも、外国人の場合はフランス語が不自由だとまともに現地の人たちとコミュニケーションが取れないなど、未だにフランス領だった名残が濃厚で、植民地時代に押しつけられた宗主国の習慣は半世紀ほど経っても残るのだと複雑な思いになりました。
 
 このモーリタニアがフランス領だったという点は、後にサバクトビバッタ研究所と縁のあるフランスの研究所に招かれることとなり、著者が昆虫学者を目指すキッカケとなった『ファーブル昆虫記』を書いたフランス人の昆虫学者ファーブルの故郷を訪ねるキッカケにもなるなど、数奇な運命を感じさせます。
 

日本で大人気のファーブルを逆にフランス人はほとんど知らないという意外な話は、日本人よりメキシコ出身の映画監督であるギレルモ・デル・トロのほうが怪獣映画や日本の特撮の歴史、ロボットアニメに詳しいというのと似ていますね

 
 言語の問題以外も、食事はヨーロッパ風で、サンドイッチはフランスパンに切れ目を入れて具を挟むスタイルだったり、外国人だと分かると平気でぼったくられるため現地の人に代わりに交渉して貰わないとスムーズに商取引が行えなかったりと、モーリタニアで日本人が暮らすと遭遇する驚きのエピソードが多くありました。
 
 一番印象的だったエピソードは、日本から送られた荷物は宅配物として配送されず自分で郵便局に受け取りに行く必要があり、いざ郵便局に行くと郵便局員に賄賂わいろを支払わない限り荷物を渡してくれないという無茶苦茶なトラブルに巻き込まれた話です。
 
 その他も、道路は舗装されておらずデコボコ、誰もまともに交通ルールは守らず、一夫多妻制が未だに残り、女は太っているほうが美しいとされ無理矢理高カロリーなものを食べさせ病気になってしまう子供が後を絶たないなど、モーリタニアという国が抱える問題も浮き彫りになり、興味深く読めました。
 

ハリウッド映画のようなサバクトビバッタ追跡劇

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 モーリタニア滞在記録としての面白さはオマケとして、やはり本命はアフリカに甚大な被害をもたらすサバクトビバッタを調査するフィールドワークの楽しさです。
 
 この本を読んだら十中八九好きになってしまう、モーリタニアで一番の人格者なのではないかと思うほど慈愛に満ちたバッタ研究所のババ所長や、ことあるごとに金をせびろうとする優秀なのに一癖も二癖もある研究所所属のドライバーであり相棒のティジャニと、やたら登場人物のキャラクターが立ちまくっており、出てくる人物全員魅力的に見えます。
 
 そんな頼りになる相棒とともに過酷な環境の中、どこに出没するかも予測できないバッタを追いかけ回し広大な砂漠を車で走り回るくだりは冒険心をくすぐられ、心底ワクワクしました。
 
 例えるなら、神出鬼没な竜巻のデータを収集するため竜巻ハンターたちが竜巻を追いかけるヤン・デ・ボン監督の映画『ツイスター』の竜巻部分をバッタに置き換えたようなイメージです。
 
 バッタや昆虫の話もさることながら、フィールドワークの話で非常に驚いたのはオアシスに関する説明です。砂漠にあるオアシスは野生動物たちの水飲み場となっており、実際に訪れると動物の糞だらけでとんでもなく悪臭が漂う場所なため、よくフィクションで見るような楽園のようなオアシスイメージとはかけ離れているという話が勉強になりました。
 
 それ以外も、歯磨きは歯磨きの木と呼ばれ現地で重宝される抗菌物質が含まれる木の枝で行うというマメ知識や、夜の砂漠で虫を集めるため白いシーツにライトを当てようとすると砂漠で光を出すと遙か遠くまで光が漏れテロリストに襲われる危険性があると警告される話、砂漠の毒サソリに刺され死にかけた話や、必死でバッタを追いかけていると国境付近の地雷原に近づいてしまい注意されるくだりなど、砂漠の民に伝授される生活の知恵から命に関わる問題まで様々なトラブルが起こり手に汗握りました。
 
 それらフィールドワークの中でも本番と言えるのが、終盤に待ち受ける空を真っ黒に染めるほど大量のバッタの群れを追うサスペンスフルな追跡劇です。
 
 いつどこに出現するか分からないバッタを待ち続け、しかもバッタは出現と同時に農作物などに対する被害が出る前の段階で駆除されるため、迅速に現場に駆け付け駆除される前に調査・研究をしなくてはならないというスピード命の作業は緊張を伴います。
 
 その緊張漂うムードの中で笑ってしまったのが、著者が所属する国立サバクトビバッタ研究所はそもそもサバクトビバッタの駆除のための施設であり、研究のためバッタが大量発生した場所に向かうと研究所の仲間が研究対象のバッタを駆除してしまうため、そもそもバッタ研究の最大の障害となるのが自身が所属する研究所のスタッフというトホホな顛末でした。
 
 結局、自分が到着するまで駆除を待って貰うためかつて自身が苦しめられたモーリタニアの賄賂文化のごとく高級食材であるヤギを振る舞って買収のようなことを行うというのが、最初の賄賂を巡るトラブルから一周してうまく着地した感すらあります。
 
 バッタが大量発生すると現地の人間は大迷惑なのに、しかしバッタが大量発生してくれないとバッタ研究が一切行えず学者は途方に暮れるしかない……なので、バッタが出没すると心の底から嬉しいのにそのことは現地の人には絶対に打ち明けられず悩むという、世界中の学者が抱えているであろう、自身の研究のために誰かが不幸になる事が起こって欲しいという不謹慎な願望に苦しむ様も素直に書かれており、ここも好感が持てました。
 

最後に

 
 正直、アフリカにおけるバッタの被害がどれほど深刻な経済的打撃なのか序盤で丁寧に説明して欲しかったことや、全体的にややエンタメ化しようとし過ぎて話を盛り気味で、もう少しドキュメンタリックな抑制された緊張感も味わいたかったという不満も覚えました。
 
 それでも、若手の貧乏研究者の目から見るモーリタニアの生活や、砂漠と共に生きる人たちの生活の知恵、バッタはじめ様々な昆虫のフィールドワークの話は興味深く、読むと確実にモーリタニアや昆虫に対する好感が増します。
 
 この本自体は一見おちゃらけているように見えても、若手のポスドクが抱える将来への不安や、大学で博士号を取って研究者になってもまともに就職も出来ないし研究したくてもそもそも研究費も出ないという深刻な問題も提起しており、ふざけた表紙の割にモーリタニアの文化やポスドクについて知ることができて有益でした。
 
 
 
 
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