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勝っても地獄、負けても地獄な将棋シュールレアリスムデスゲーム 「ダークゾーン 上・下」 著者:貴志祐介 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:80/100
作品情報
著者 貴志祐介
発売日 2011年2月11日

短評

 
 人間が駒となり赤軍・青軍に別れ互いに殺し合う謎の将棋風デスゲームと、将棋のプロ棋士を目指し命を磨り減らしながら将棋漬けの日々を過ごすプロ予備軍たちの関係が徐々に浮かび上がってくるホラーミステリー。
 
 ただ、肝心の将棋風のゲームパートはルール設定がガバガバで飲み込み辛い点が多く盛り上がりに欠ける。
 
 将棋のプロ棋士を目指す者が精神を病んでいくホラーというアイデアは秀逸なのに、全体的に脇が甘くもう一押し足りない作品。
 

クリムゾンの迷宮をひっくり返したような、楽しさ控え目、テーマ性濃厚な命を賭けたゲーム 

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 この小説は、長崎県にある端島はしま(軍艦島)を模したダークゾーンという異次元のような空間で、命を懸けた将棋風のゲームを行うゲームパートと、なぜこのような不可解な状況に陥ったのか理由が語られる主人公の回想パートが交互に語られていくホラーミステリーです。
 
 記憶が曖昧な主人公が命を賭けた謎のゲームをさせられるという設定は同じ貴志祐介作品の中だと『クリムゾンの迷宮』が似ています。しかし、『クリムゾンの迷宮』が人生を真剣に生きてこなかった者が生死を賭けたゲームで性根を叩き直されるという真っ当なデスゲームものだったのに対し、こちらはダークゾーンで行われるゲームの正体が分かっていくと同時に、忘却しようとした過去の記憶が蘇り精神をえぐられていくというホラーなため、似た設定でも読後感は真逆です。
 

 
 『クリムゾンの迷宮』は読んでいる最中は過酷なサバイバルに熱中するため中毒性が強い反面メッセージ性は弱く読後はさっぱり気味で、対してこちらは将棋風のゲーム自体にさほど魅力がないものの、最後まで読み終え真相が判明すると良い意味で不快なホラー小説らしい読後感が残ります。
 

将棋風ゲームの致命的なインパクトの無さ

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 本作の問題は、最大の売りであるはずの人間が駒となり赤軍・青軍に別れ殺し合うゲームがさほど盛り上がらないこと。
 
 まず、そもそもこの小説は冒頭の掴みの部分で大失敗しており、この失点が後々まで尾を引きます。
 
 似た設定の『クリムゾンの迷宮』は主人公が眠りから目を覚ますとそこには日本ではありえない深紅の世界が広がっており、一旦読者にここは地球ではなく火星なのではないかと大胆にミスリードさせます。その普通ならありえない疑惑を一旦経由するおかげで、むしろ深紅の世界に対し冷静な態度となり頭の中で現実的な仮説が駆け巡り一気に話に惹き込まれました。
 
 それが、こちらはいきなり冒頭からここはダークゾーンという異次元で端島(軍艦島)の地形データを再現しているのだとセリフで説明してしまいます。そのため読者がここは一体どこだろうとあれこれ想像を巡らす楽しみが奪われてしまい、説明臭さだけが際立ち、話に乗れませんでした。
 
 そして、肝心の将棋風のゲームもルール設定が弱いため、パッと見心惹かれるような要素がなく、読んでいてさほど手に汗握りません。
 
 ルールは将棋と酷似しており両者ともほぼ似たような能力の駒を使って、相手の駒を倒したら自分の持ち駒とし、フィールド上の好きな場所に出現させられるというもの。敵の駒を撃破したり、時間経過によってポイントが溜まり、それが一定まで達するとその駒がより強力な駒に昇格するという、将棋でいう成駒なりごまの要素も入っています(「歩」が「と金」に、「飛車」が「竜」に成るなどと同様)。
 
 ただ、将棋で駒が成るというよりも、敵を倒すと昇格するので、どうしてもレベルアップっぽく、シミュレーションRPGのユニットの能力が飛躍的に向上するクラスチェンジにしか見えません。
 
 これらの将棋とデジタルのシミュレーションゲームをミックスしたような設定がやや小さくまとまり過ぎているのと、なまじ将棋ベース過ぎて、ゲーム展開がこちらの予想を大きく超えて逸脱するというスリルがなく全体的に味気ないです。
 
 ルール設定が単調な上に、さらに駒の性能に遊びがありすぎることもやたら引っかかります。同じ強さの駒同士が戦っても状況に応じて赤軍側が勝ったり、青軍側が勝ったりと、結局作者の都合で勝者が決まるため、見ていて読者側が戦闘によって生じる結果をあれこれ計算する楽しみが皆無です。
 
 せめて同じ強さの駒同士が戦闘になったら相殺されるというルールは徹底してくれないと、どの駒とどの駒がぶつかったらどちらが優勢になるのかさっぱり予想出来ません。ここまで気分次第で勝敗が決まると、予想を挟む余地が無く、結果何を考えても無駄という結論に達し次第にあれこれ思案しようと思わなくなります。
 
 途中から唐突に登場するシミュレーションゲームではお馴染みのヘックスという六角形のマスの存在も、終盤かなり重要な役割を担うのに、これで何が出来るのかを事前に説明しないままで、あまり効果があるとも思えず。
 
 

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ヘックスイメージ by Sid Meier's Civilization V
 それ意外に、戦闘の舞台となる端島(軍艦島)が本当にただの廃墟だらけの島くらいの印象しか残らず、ここも『クリムゾンの迷宮』の深紅の渓谷や過酷な荒野ほどワクワクしません。
 
 ゲーム上明確に意味がある場所がボーナスポイントを入手出来る端島神社くらいしか設定されておらず、もう少し主人公の過去の記憶と関連づけて色々な場所に戦略上重要となる拠点を配置しても良かったと思います。
 

人生を狂わす魔の三段リーグ

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 本作は将棋シュールレアリスムホラーと言っても過言ではないほどテーマもストーリーも全てが将棋一色に染まっています
 
 将棋の世界に関して無知なので詳しいことはさっぱり分からないですが、プロ棋士である四段に昇段するための過酷極まりない三段リーグによって精神がすり減り人生すら崩壊していき、次第に現実逃避に陥っていくというアイデアは惹かれるものがありました。
 
 三段リーグって貴志祐介作品の何かで見た記憶があるなと思ったら、防犯探偵・榎本シリーズの短編集である『狐火の家』に収録されている「盤端の迷宮」というエピソードに三段リーグで戦う棋士が出てくるのを思い出しました。
 

 
 『ダークゾーン』は三段リーグの過酷さでプロを目指す若手棋士の人生が崩壊していく話。「盤端の迷宮」は三段リーグの過度なプレッシャーから密室殺人が起こる話と、年齢制限のある厳しいプロ試験が事件を誘発するキッカケになるという着眼点が共通しており、この小説を読んだら「盤端の迷宮」で起こる事件の動機がようやく飲み込めました。
 
 この、若い時代は周りから天才とちやほやされて育った者が、プロ試験の年齢制限が迫るにつれプレッシャーによって人格が歪んでいき最後は凶行に走るというアイデアはどんなジャンルでも応用できそうで、この題材で色々な物語が見てみたいなと思います。
 

将棋シュールレアリスムホラー

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 本作はパッと見ダークゾーンで行われるデスゲームが主役に見えるものの、最後まで読むとむしろ無意識下の抑圧や願望が現実にあふれ出てくるシュールレアリスム系の作品だということが分かります。
 
 将棋に人生を捧げてきた主人公が自分はプロにあっさりなれるものだと思っていたら予想に反しまるで昇段できず、自分より遙かに年下で天才肌の棋士にも負け、しかもその天才棋士ですらプロになってから順風満帆に勝ち続けられる保証もないことに絶望し、徐々に将棋からもたらされるプレッシャーで精神がボロボロになり壊れていくというくだりは紛う事なきホラー小説でした。
 
 なぜゲームに負けると視力を奪われていくのか。どうして恋人の思い出の地の端島(軍艦島)が戦場なのか。端島神社がゲーム内で特別な場所な理由や、リーサルタッチの右腕がなぜ黒いのか。なぜかゲームの駒が自分のトラウマを刺激する人で占められていることなど、ダークゾーンで繰り広げられるゲームと主人公の人生の接点が明らかになるにつれホラー色が否応なく増していき、後ろに行けば行くほど目が離せなくなりました。
 
 ただ、将棋の三段リーグをモチーフにしたホラーミステリーというアイデアは悪くないのに、個々の要素が相乗効果を発揮しておらず、単純な盛り上がりに欠けます。
 
 シュールレアリスム系の作品である以上オチがガッカリなのは確定な上に、序盤で情報を出し過ぎているため分かる人はもうさっさとオチが読めてしまいミステリーとしてさほど驚きも無いと、ページ数が多い割にあっさりな幕引きにはどうしても物足りなさを感じました。
 

最後に

 
 単純な面白さでは似たような作品である『クリムゾンの迷宮』に完敗しています。
 
 しかし、ホラー作品特有の答えのない問いだけがぽつんと残される、良い意味で後味の悪い読後感は味わい深く、貴志祐介ホラー小説としては上々でした。
 

余談

 
 主人公と同じ赤軍の歩兵ポーンの一人が稲田耀子いなだようこという名前で、最初は誰なのか分かりませんでしたが、なんと『悪の教典』に登場した大爆笑アイドルソング「恋のホザンナ」を歌っていたアイドルだと分かり唖然。
 
 『悪の教典』の映画版はコメディ要素と一緒に「恋のホザンナ」も丸ごと削られており落胆したのに、まさか別作品に歌っていた本人ごと再登場するなんて嬉しいサプライズでした。
 

貴志祐介作品