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骨の髄まで恐怖で冷える圧巻のホラーミステリー 「天使の囀(さえず)り」 著者:貴志祐介 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:100/100

作品情報
著者 貴志祐介
発売日 1998年6月(単行本)

短評

 
 もはやクトゥルフ神話のような戦慄のホラー展開とその恐怖を支える緻密なディテール、徐々に謎が明らかになっていくミステリーとしてのセンスと、そのどれもが文句なしの完成度。
 
 貴志祐介作品の中でも一位二位を争う大傑作どころか、自分がこれまで読んだホラー小説の中でもぶっちぎり最高の面白さ。

 

あらすじ

 
 エイズの末期患者専用ホスピスで女医として働く北島早苗には、高梨光宏という小説家の恋人がいた。
 
 高梨は雑誌の企画でアマゾンの最奥地帯への調査に取材として同行した後、現地の先住民とトラブルになったというメールを最後に連絡が途絶えていた。
 
 早苗は恋人の身を案じる日々を過ごすが、ある日突然早苗の前に高梨が現れる。無事を喜ぶ早苗だったが、以前の高梨とは明らかに雰囲気が異なり違和感も覚えた。
 
 久しぶりに恋人と過ごす早苗は、突然高梨がさも当たり前のように「天使のさえずっている音が聞こえる」と言いだし当惑する。しかも、死恐怖症タナトフォビアで死を激しく忌避していた高梨が人間の死に異様な興味を示すようになっていることに気付く。
 
 なぜ高梨は以前とは別人のように変わり果て、天使の囀りが聞こえると言い出したのか。その謎はアマゾンで探検隊が遭遇したある出来事に隠されており……。
 

『新世界より』の10年前に書かれたとは思えない大傑作

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 この小説はアマゾンの最奥部に探検に出かけた者たちが帰国後に奇妙な言動を取りだし、一体アマゾン探検の最中に探検隊の身に何が起こったのかを探っていくという内容のホラーミステリーです。
 
 貴志祐介作品を初めて知ったのがアニメ版の『新世界より』で、その物語のスケールとSF・ホラー・ミステリーがこの上ないほどのバランスで融合した作風に圧倒され原作も一気読み。小説版もアニメでは削られているディテールの細やかさに感動を覚え改めてその才能に魅了されました。
 
 本作も大傑作の『新世界より』の魅力に負けず劣らずの完成度で、ほぼ一気読みに近い形で読み終えてしまいました。
 
 『新世界より』がSFとして自分の好みにどストライクでSFって最高と思えたのに対し、こちらはホラー小説として好みに完璧なまでに合致し、同様にホラーって突き詰めるとこれほど面白くなるのかと、ジャンルに対する印象まで上向いたほどです。
 
 『新世界より』を読んだ時と同様、貴志祐介さんは小説に盛り込む情報の取捨選択のセンスが自分のスイートスポットと完全に重なっており、ここまで作品内の全要素が一つたりともハズレ無しで響くというのは貴重でした。
 
 『天使の囀り』と『新世界より』、どちらが好きかといったらスケールが大きく着地がこの上なく残酷で美しい『新世界より』のほうに軍配が上がります。しかし、向こうは1000年後の未来の日本という設定なため説明量も多くテンポが殺される箇所があったのに対し、こちらは設定や展開に無駄が1ミリもないため、読む順番が逆だったらこちらのほうが貴志祐介作品でも一番になっていたかもしれません。
 

天使の羽音と囀りが不吉に共鳴していく圧巻の語り口

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 この小説を読んでいる最中は恐怖で極限まで神経が研ぎ澄まされ、部屋の中にありもしない気配を感じふいに後ろを振り向くなど、虚構と現実の区別がつかなくなるほど没入させられました。
 
 なぜそこまで怖かったかというと、想像力を掻き立て恐怖をアシストする的確な情報の配し方です。
 
 核となる話のアイデア自体はありがちとまで言わなくてもそれほど新しいわけではありません。
 

人間の体内に潜むミトコンドリアが人類を支配しようとするゲームもありましたね

 
 しかし、設定の細部に凝りまくる貴志祐介さんらしく、ホラーとして栄養価が極めて高い情報でびっしりと隙間を埋め尽くし、恐怖に適度な重みを与えるため、情報を喰らって肥大化した恐怖がいつの間にか内側から増殖するような不気味さを味わえました。
 
 本作は、読む者の想像力を奪う情報ではなく、むしろ想像を激しく燃焼させるための燃料となる情報の厳選の仕方が絶妙で、それを絶やさず注ぎ足すことで話の勢いを止めず一気に読ませる力があります。
 
 話の語り口も非常にキレがあり、重要な情報を次から次に出し惜しみせず投入するせいで中盤でほとんど天使の囀りが何なのかという真相が分かってしまい、「え? まだ半分までしか来ていないのに残りはどうするの?」と不安になると、そこから今度は同時進行していた違う話と合流して人間ドラマ寄りにシフトするという華麗なターンも鮮やかでした。
 
 普通、このような異なる二つの話が同時進行し後に合流するタイプは、後々の展開が読めてしまい、大抵は片方が極端に退屈なことが多いのに、本作は例外でした。本筋はホスピスの女医視点で天使の囀りの謎を追うミステリーで、一方はエロゲーが大好きでかつネットでエロ画像を見つけてはモザイク除去ソフトでモザイクを除去し続けるという病んだ行動を繰り返す癖の強い人物に設定することで、こっちはこっちで別の方向性の刺激を生み出し退屈する瞬間がありません。
 

そこで笑わせるかという貴志祐介ユーモアセンスのぶっ壊れ具合

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 不満と言うほどほどではないものの、気になったのが恐怖を殺すような笑いの入れ方をちょくちょく挟んでくることです。
 
 二つの視点のうちダメ人間側は、エロゲーの中に登場する天使のキャラクターから天使の囀りという謎の幻聴に話を繋げる強引さはじめ、貴志祐介作品によくあるブラックユーモアがホラーとしてはスレスレなところまで行っており、恐怖を台無しにしそうな危うさを感じました。
 
 大阪出身の関西人ということもあるのか、読む側が緊張と恐怖で震えているタイミングでそれを崩すような笑いを平気で挟んでくるので若干呆れる箇所もあります。
 
 多分、恐怖の中に笑いを挟むことで悲哀のようなものを出したいのでしょうが、自分の場合は笑ってやや緊張が解け、せっかく積み上げてきた恐怖が薄れる場面もあり、少々やり過ぎな気もします。
 

最後に

 
 ホラー小説としての飛び抜けた怖さと、何よりも貴志祐介作品らしく最後は現実に存在する薬害エイズ事件を引き起こした役人の倫理観の無さに対して一石を投じるという非常に誠実な終わり方で、どこを取っても隙の無い大傑作でした。
 

余談

 
 てっきり本筋ではないほうの話に登場する人物がエロゲー好きで、薬物にやたら詳しくしかもカルト宗教が登場すると、どう見ても『NHKにようこそ!』の影響なのかと思ったら、こちらの小説のほうが遙かに出版が早いので、あっちがこれに影響受けているんだなと驚かされました。
 
 この小説の10%にすら満たない設定を膨らませるだけで普通に一本の小説になってしまうほど濃密なアイデアの集合体ということの証で、これだけでこの作品がどれだけ凄まじい完成度なのかが見て取れます。
 

貴志祐介作品