著者 | 岩井志麻子 |
出版日 | 1999年10月1日 |
評価 | 85/100 |
オススメ度 | ☆☆ |
ページ数 | 約226ページ |
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小説の概要
この小説は、明治・大正時代の岡山の田舎を舞台に、不幸な境遇に置かれた女にまつわる4つの怪異譚から成るホラー短編集です。と言っても、ホラー小説だと思って読むと事前のイメージとかけ離れ、ほとんどが人間の業の話であり心霊現象的なものは本当にただのオマケです。
映画で例えると是枝監督の『歩いても 歩いても』タイプの怖さですね
救いも何もない、ただひたすらに醜い人間の業があまりに生々しすぎるせいで、怪談としてはほとんど成立しておらずホラー小説としての怖さはさほど感じません。
その分、実際の出来事としか思えないほど現実味がある、田舎で繰り広げられる近親相姦に性暴力、極貧生活のひもじさ、よそ者へのイジメや差別といった村八分のおぞましさ、ひたすらに貧しくて卑しくて薄汚い田舎の閉塞感といった純文学的な負の魅力を備えた怪作でした。
不快度MAX!! 人間の残酷さをこれでもかと暴く4つの短編
この小説は、近親相姦に男の暴力、よそ者や嫌われ者への理不尽な村八分、コレラが蔓延する田舎で日頃から憎たらしく思っている人間を密告し合う恐ろしさと、読者を不快な気分にさせる、家族や田舎の村といった閉じたコミュニティゆえの濃密な人間関係から生じる残忍さが全開で、そのねっとりした粘り気すら感じ取れそうな作風に圧倒されます。
いくつかの短編は口語体で書かれていることもあり、物語というより作者が実際に見聞きし体験した出来事を語っているようなドキュメンタリックな生々しさが強烈でした。
そのため、ホラー小説というよりは、人間が放つ愛憎の暗い炎にどこまでも惹き込まれていく純文学的な趣 のほうに強く惹かれました。
それに、岡山の田舎に生き地獄を現出させるべく、丹念に呪詛を刻み込み猛毒でコーティングした、傷口から見る見るうちに肉が腐り落ちていくような疫病の如き文体にも激しく魅了されます。
この文体なくしてこれほどの不快さは生じ得なかったと思います。
生々しい話と相性が悪い怪談的なオチ
この小説を読んでいて惜しいと感じるのが、人間臭さと怪談っぽい虚実の皮膜 が曖昧になるオチとの相性の悪さです。
あまりにも生々しい話の印象が強烈すぎて、怪異が物語に入り込む隙間など皆無で、所在なくぽつんと佇んでいるような気まずさすら感じます。ここまで語られる話に現実味があると、変にこれは現実なのか妄想なのかというぼかし方をするラストが邪魔ですらありました。
元々日本ホラー小説大賞を受賞している作品なため、入賞のため無理矢理ホラー小説にしたような強引さも感じてしまいます。個人的に読んでいてホラー小説として面白いというより、西村賢太さんの『苦役列車』のような本音をオブラートで包み隠さない私小説的な魅力が勝るので、これをホラー小説と言われると若干違和感を覚えます。
ただ、4つある短編のうち、最後の「依って件の如し」という作品は地獄の住人である牛頭・馬頭 の姿が日常風景の中にちらつくという、現実と地獄の位相が重なるようなバランスが優れ、ホラー小説としても読み応えがありました。
最後に
ホラー小説大賞を受賞しているので怖さを求めて読むと、怖いではなく良い意味で不快な小説でそこは事前の予想と違いました。
本棚にあった本人がゲストとして出演した際のやり取りを文字に起こした『爆笑問題の文学のススメ』という本を読み直したらこの小説に書かれていることはほぼ実体験を元にしていることが分かり、やはりホラー小説というより純文学や私小説を読むような感覚で挑むほうが適切だと思います。
作者の岩井志麻子さんはテレビのバラエティに出演する際の奇特な印象しかなかったのが、本作を読むことで作家として一流の実力があることが分かりイメージが良い方向に一変しました。
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