著者 | 安曇潤平 |
出版日 | 2010年6月 |
評価 | 75/100 |
オススメ度 | ー |
ページ数 | 約288ページ |
小説の概要
この小説は、登山にまつわる怪談短篇集『山の霊異記 』シリーズの二作目です。全部で22篇の短篇が収録されています。
前作『赤いヤッケの男』に比べ極端にホラー要素が減っており、山で怪異に遭遇する怪談と、山にまつわるエッセイが半分半分といった感じです。そのため山岳ホラーを期待する場合は前作よりさらに物足りなくなりました。
ただ、山への愛情が深い作風は前作と同様で、珍しい高山植物に彩られる山の風景、野営時に澄んだ空気と山の景色を肴に食べる美味しそうな食事、山で命を落とした登山者への鎮魂の物語など、ホラーさえ期待しなければ見所は多数あります。
誰かの話から自分の話へ
今作が前作と大きく異なる点は二つあります。一つ目は山岳ホラー要素が薄まったこと。二つ目は多くの短篇で主人公が作者自身に変化したことです。
この二つは非常にリンクしており、作者自身が怪談の主役として登場するスタイルへと変わったことで、主人公が登山中に怪異に遭遇し九死に一生を得るという恐怖体験や、山で怪現象に遭遇し二度と山に近づかなくなったという強烈な印象を残す話が極端に減っています。
その分、ただの山好きが遭遇するちょっとだけ不思議な体験談が増え、山岳ホラーから等身大の登山エッセイ風となり、より作者への親近感が湧く優しい作風へと変わりました。
この作風の変化は、ただ単にホラー小説を書くための題材として山を扱うのではなく根っから山が好きな作者の山への愛情が感じ取れ、好感が持てました。
これはNHKの『日曜美術館』というTV番組で知った山岳写真のスタイルに革命をもたらした山岳写真家の田淵行男へ抱いた印象と同様です。本当に山が好きな人は山の一部分が好きなのではなく山そのものを五感で味わい尽くすことに喜びを見出すため、山の魅力の伝え方が多角的になっていくという点も非常に似ているなと思いました。
最初は山岳写真で山の魅力を切り取っていた田淵行男が、徐々に山小屋に設置されるスタンプの絵柄の面白さや、登山道具のデザインの美しさなども伝えようとしたように、作者も山にまつわる怖い話だけでなく、高山植物や山の景色の美しさ、下山した際に食べる料理の美味しさなど、扱う題材の裾野が広くなっていく様に山を愛する人らしい懐の深さを感じます。
ただ、山岳ホラー小説として読む場合は本当に一つか二つくらいしか怖いと思える話はなく、そこは期待外れです。
一番最初の『顔なし地蔵』という話の出来が非常に良く「これからずっとこのレベルの不気味な話が続くのか!?」と期待したらそれ以降『顔なし地蔵』を超える怖さの話は一つもないため肩透かしでした。
さすがに一番怖い話を最初に持ってくるのは短篇小説の構成として問題があり、このせいでそれ以降の怖い話が全部しょぼく感じてしまいます
最後に
山岳ホラーとしての魅力は激減したため、正直読んでいて楽しかったのは前作『赤いヤッケの男』のほうです。
ただ、作者が語り手として物語に頻繁に登場するようになったことでより作者と読者の距離が縮まり親近感が増したことと、怪談のみにこだわらず、山への愛情そのものを小説にしてしまうという作風の変化にも好感が持て、よりこのシリーズが好きになりました。
NHKの『日曜美術館』で田淵行男特集を見ていなかったら文句のほうが多かったと思います
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