著者 | 貴志祐介 |
出版日 | 1997年6月27日 |
評価 | 90/100 |
オススメ度 | ☆☆ |
ページ数 | 約392ページ |
小説の概要
この作品は、生命保険会社で働く主人公が保険金目当ての殺人の疑いがある案件の担当となり、客から保険金を支払えと執拗な脅迫と嫌がらせを受け精神を病んでいくというモダンホラー小説です。
この小説は、作者が作家になる前に生命保険会社で働いていた際の実体験を元に書かれており、保険金を要求する客の生々しさがドキュメンタリータッチで臨場感がずば抜けています。
それに加え、生命保険という制度に注目することで、ただのホラー小説を超え、現代人のお金のためならあらゆる制度を悪用しようとするモラルの低さという病巣もえぐり出しており、社会派小説としても一級の面白さでした。
実体験を元に書かれた、今日も日本のどこかで起こっていてもおかしくない生々しい恐怖
この小説で最も印象的なのは、犯人に襲われるといった直接的な被害を被る場面よりも、誰がどう見ても保険金を狙った殺人や自傷行為だとバレバレなのに、何食わぬ顔でさも当たり前のように保険金の支払いを請求してくれるモラルが完全に欠如した客の恐ろしさでした。
その恐怖をより増幅させるのが、保険会社の業務内容の事細かい描写など、他の貴志作品の情報の盛り方とはまた別種のドキュメンタリーテイストな感触です。そのため、淡々とした保険会社の日常業務の延長のように見え、余計起こる出来事が身近に感じられ、冷え冷えとした恐怖に背筋が凍る思いでした。
それもそのはずで、保険会社の日常が生々しく描かれるのは、元々著者である貴志祐介さんが、作家としてデビューする前、長い間生命保険会社で働いていた際に自身が経験した出来事なども踏まえて書かれた小説であるためと分かると納得します。
小説を読むと、生命保険という制度から現代日本の闇を浮かび上がらせるというテーマありきで書かれたようにしか思えないのに、『エンタテインメントの作り方』という本の中で、この小説はテーマありきではなく、単に3ヶ月で書き上げなければならないという制約があったため、自分が生命保険会社で働いていた時の記憶だけを頼りにほとんど一気に仕上げ、書いている最中にテーマは勝手に固まっていったと書かれています。
そのため、この小説が持つ気味の悪さは強調などしなくても生命保険というものがそもそも持っている性質なのだと分かり、余計恐ろしく感じます。
サイコパスと保険金殺人という組み合わせの恐怖
この小説が社会派小説に見えるのは、生活費がなくなると家族を自殺に見せかけ殺し、またなくなると今度は給付金を目当てに家族の体の一部を切断して障害給付金を請求しと、家族が一人もいなくなるまでそれを繰り返すかのような、社会制度に適応し命をシステマチックに金に換えようとする犯人の感情の欠如ぶりが窺えるためです。
それは、保険という収入を得る手段が誕生すれば他者の体を切り刻み金に換えることすら考える人々が生まれるという、いかに人間が主体性がなく周りの環境にあっさり流され適応してしまうのかという社会学のような見方も出来ます。
破綻するのが簡単に予想できるのに証券会社が低所得者を騙して利益を得たアメリカのサブプライムローン問題や、絶対にはじけるのが分かりきっている不動産バブルで荒稼ぎする者、ネットで注目を集めるためわざと炎上させて利益を得る行為、欲しい人に商品を行き渡らせる自然な流通を妨害して荒稼ぎする転売屋など、実は根っこには同じモラル崩壊という問題が潜んでおり、生命保険詐欺というのもそれらが表出する氷山の一角でしかないと考えると気が重くなりました。
ただ、本作を単純なホラー小説として読むとどうしてもテーマ性のほうが目立ち、怖さそのものはそれほど感じません。
刃物を持った人間に追いかけ回される展開などは、個人的にこの小説の真に怖いと思う箇所と若干ズレており、ラストの犯人との心理的な駆け引きなどは蛇足にしか見えませんでした。
この小説の真の怖さは、人間のモラルが低下することによって経済活動から人権意識が薄れ、この小説の主人公のように自分がモラルが欠如した人間から脅迫を受ける被害者になるかもしれないという想像を掻き立てる部分であり、直接的な暴力を長々と見せられてもあまりピンと来ません。
最後に
ホラー小説としては、貴志祐介さんの実人生が大きく反映されている分、他の作品と生々しさが段違いで、怖さが突出しています。
解決策の存在しない重い課題を突きつけられる社会派小説としても読み応えがあり、数ある貴志祐介作品の中でもトップクラスの傑作でした。
映画版
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