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生命保険がえぐりだす人間の昆虫性 「黒い家」 著者:貴志祐介 〈書評・レビュー・感想〉

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評価:85/100
作品情報
著者 貴志祐介
発売日 1997年6月27日

短評

 
 作者が作家になる前、生命保険会社で働いていた頃の実体験を元に書かれているため、保険金を要求する客の生々しさがドキュメンタリータッチで臨場感がある。
 
 それに加え、生命保険という制度に注目することで、ただのホラー小説を超えて現代人のお金のためならどれだけ汚いことでも平気で行うモラルの低さという病巣もえぐり出すことに成功した社会派ホラー小説。
 

実体験を元に書かれた、今日も日本のどこかで起こっていてもおかしくない生々しい恐怖

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 この小説は、京都を舞台に、生命保険会社で働く主人公が保険金目当ての殺人の疑いがある案件の担当となり、客から保険金を支払えと執拗な脅迫を受け精神を病んでいくというホラー小説です。
 
 この小説で一番印象に残るのは、犯人に襲われるといった直接的な被害を被る場面よりも、誰がどう見ても保険金を狙った殺人や自傷行為だとバレバレなのに、何食わぬ顔でさも当たり前のように保険金の支払いを請求してくれるモラルが完全に欠如した客の恐ろしさでした。
 
 元々著者である貴志祐介さんが、作家としてデビューする前に長い間生命保険会社で働いていた際に自身が経験した出来事なども踏まえて書かれた小説であるため、保険会社の業務内容の事細かな書き込みなどが他の貴志作品の情報の盛り方とはまた別種のドキュメンタリーテイストな感触で新鮮です。そのためドラマチックな出来事というよりも淡々とした保険会社の日常業務の延長のように見え、余計起こる出来事が冷え冷えと感じられます。
 
 一見、生命保険という制度から日本社会の闇を浮かび上がらせるというテーマありきで書かれたようにしか思えないのに、『エンタテインメントの作り方』という本の中で、この小説はテーマありきではなく、単に3ヶ月で書き上げなければならないという制約があったため、自分が生命保険会社で働いていた時の記憶だけを頼りにほとんど一気に仕上げ、書いている最中にテーマは勝手に固まっていったと書かれており、この気味の悪さは強調なんてしなくても生命保険というものがそもそも持っている性質なのだなと、より恐ろしく感じます。
 

サイコパスと保険金殺人という組み合わせの恐怖

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 作中でも昆虫の生態が何度か例として挙げられるように、生活費がなくなると家族を自殺に見せかけ殺し、またなくなると今度は給付金を目当てに家族の体の一部を切断して障害給付金を請求しと、家族が一人もいなくなるまでそれを繰り返す様は、昆虫が巣全体を守るために末端の虫から犠牲にしていくようなシステマチックな営みにすら思え、犯人の感情の欠如ぶりに寒気を覚えました。
 
 保険という収入を得る手段が誕生すれば他者の体を切り刻むことすら考える人々が生まれるというのは、いかに人間が主体性がなくルールに縛られ、それにあっさり適応してしまうのかという社会学のような見方も出来ます。
 
 破綻するのが簡単に予想できるのに証券会社が低所得者を騙して利益を得たアメリカのサブプライムローン問題や、絶対にはじけるのが分かりきっている不動産バブルで荒稼ぎする者、ネットで注目を集めるためわざと炎上させて利益を得る行為、欲しい人に商品を行き渡らせる自然な流通を妨害して荒稼ぎする転売屋など、実は根っこには同じモラル崩壊という問題が潜んでおり、生命保険詐欺というのもそれらが表出する氷山の一角でしかないと考えると気が重くなりました。
 
 ただ、本作を単純なホラー小説として読むとどうしてもテーマ性のほうが目立ち、怖さそのものはそれほど感じません。刃物を持った人間に追いかけ回される展開などは、自分が思うこの小説の真の怖さとは若干ズレており、ラストの犯人との心理的な駆け引きなどは蛇足にしか見えませんでした。
 
 この小説の真の怖さは人間のモラルが低下することによって経済活動におぞましさが垣間見え、しかも自分がその問題の被害者になるかもしれないという想像を掻き立てる部分であり、直接的な暴力を長々と見せられてもあまりピンと来ません。
 

最後に

 
 貴志祐介さんの実人生が大きく反映されている分、他の小説と生々しさが段違いで、解決策の存在しない重い課題を突きつけられる社会派ホラー小説として読み応えがあります。
 

映画版

貴志祐介作品