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【大河ドラマ】薩摩の田舎娘から大奥のトップへ |『篤姫(あつひめ)』| レビュー 感想 評価

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評価:80/100
作品情報
放送期間 2008年1月~12月
話数 全50話
放送局 NHK

ドラマの概要

 
 この作品は、幕末の日本を舞台とし、薩摩さつまの藩主である島津しまづ斉彬なりあきらの養女、篤姫あつひめの生涯を描いたNHKの大河ドラマです。
 
 薩摩藩を治める島津家の分家の一つ今和泉いまいずみ島津家に生まれ、江戸幕府の13代将軍・徳川家定いえさだに嫁ぎ、大奥のトップに。その後は、尊皇攘夷の機運が高まり存亡の危機に瀕する将軍家を守るため、その生涯を徳川に捧げた篤姫の波乱に満ちた人生が描かれます。
 
 原作は2005年の大河ドラマ『義経』の原作者でもある作家・宮尾登美子さんの歴史小説『天璋院てんしょういん篤姫あつひめ』です。
 
 どんな権力者を相手にしてもおくさず本音でぶつかり信頼を勝ち取っていく篤姫のどこまでもまっすぐな生き様
 
 薩摩藩から江戸の徳川家に嫁いできたにも関わらず、薩摩が討幕に傾くことで、生まれ故郷の薩摩と将軍家の篤姫が敵対関係となっていく歴史の悲劇
 
 そして、最初は薩摩藩の命令で動いていた篤姫が、徐々に身も心も徳川家の人間となり、風前の灯火である徳川家存続のため生きる決意を固めていく成長譚など、見所は多数あります。
 
 ただ、脚本のメリハリが欠けているせいでここぞという大事な場面が盛り上がり切らず、全体としては平板へいばんでした。
 
 終盤は号泣に次ぐ号泣だったため決して悪い作品ではありませんが、脚本の練り込み不足のせいで諸手を挙げて傑作とは言い難い、かなり惜しい作品です。
 

どんな権力者にも本音でぶつかる女傑・篤姫

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 このドラマ最大の魅力は、なんと言っても誠実で嘘をつかず、相手がどんなに格上の人間でもおくさず本音で語り合う篤姫という主人公の生き様と、それを成立させた篤姫役の宮﨑あおいの存在感です。
 
 誠実さが滲み出るような宮﨑あおいの立ち振る舞い含め、一目見ただけでこの人は根っからの善人であり、絶対に損得勘定で動く人ではないという人物像を成立させた時点でこのドラマはある程度成功していると思います。
 
 どんな相手と接する際も腹を割って自分の嘘偽うそいつわりない本心を語り、どれほど忌み嫌っている相手でも長所を発見したら素直に褒め称え、意見が対立する者たちがいたら絶対に片方の言い分だけ聞かず両方の話を平等に聞き公平な判断を下すなど、おおよそ人として嫌う要素が一つもなく、この人が周りから絶大な信頼を置かれる様に違和感が微塵もありませんでした。
 
 ドラマ全体が篤姫の魅力を引き出すことを最優先としているためか、篤姫に関しての不満は微々たるものしかありません。薩摩でのお転婆な姫時代の純粋さを生涯失わず、しかし大奥に入ってからは徐々に貫禄が備わり大奥のトップとしてもさほど違和感のない様は、演じる宮﨑あおいの年齢やら雰囲気やらを考慮して、ここしかないという針の穴を通すバランスを狙って成立させたものだと思います。
 
 正直、序盤は映像作品としての凡庸さや、盛り上がりに欠ける脚本相まって篤姫という人物に何ら興味も湧きませんでした。しかし、最後まで見終わると、もう篤姫イコール宮﨑あおいしかあり得ないと思えるほど両者の姿が重なって見えます
 
 それは、杓子定規に作った篤姫イメージを宮﨑あおいに演じさせるのではなく、宮﨑あおいという役者の雰囲気を踏まえた上で、どう演出し、どのような演技をすれば視聴者が宮﨑あおいと篤姫を同一視するに至るのか、宮﨑あおいを前提とする篤姫像を突き詰めて考えた結果だと思います。
 
 それに、篤姫に徳川家を生涯守り抜くという決意をさせるさかい雅人まさと演じる13代将軍徳川家定いえさだの存在感も見事でした。ハッキリ言って家定を堺雅人が演じていなかったら篤姫が徳川のために生きる覚悟を決める展開になんら説得力が生まれなかったと思います。
 
 最初はただのうつけ者のバカ将軍にしか見えなかったのに、篤姫のまっすぐさについには閉ざしていた心を開き、互いに本音で語り合うことで愛を深め合い、徳川の未来を篤姫に託すという役を堺雅人は完璧に果たしており、この人を欠く『篤姫』もまたあり得ないと思わせるあっぱれな演技でした。
 
 終盤は、家定との誓いを胸に、窮地に立たされる徳川家を守るためその身を捧げる篤姫の姿にずっと号泣しっぱなしでしたが、これは間違いなく誠実を絵に描いたような篤姫像を成立させた宮﨑あおいと、篤姫に徳川を守り抜く決意をさせる堺雅人の演技力の賜物たまものだと思います。
 

『義経』との共通点、徳川家物語としての篤姫

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 この作品の原作は2005年の大河ドラマ『義経』と同じ宮尾登美子さんの小説ですが、この二つの大河ドラマは類似する点が多くあります。
 
 まず、『義経』の原作小説である『宮尾本 平家物語』はタイトル通り平家物語なのでそもそも源氏が主役ではなく、平家が中心の話です。さらに原作小説は平家の頭領である平清盛きよもりではなく、その妻であり清盛亡き後に平家を支えた時子が実質主役のような扱いで、それは家定との誓いを果たすため徳川家に命を捧げる篤姫の姿と重なります。
 

 
 しかも、このドラマには『義経』でその時子を演じた松坂慶子が、弁慶の如く篤姫を支える役で出演しているため、どうしても時子の姿と篤姫がダブって見えました。
 
 同じく宮尾登美子さんの歴史小説『クレオパトラ』もプトレマイオス朝エジプト最後のファラオとなったクレオパトラ7世が主役と、宮尾登美子作品に多い、栄華を極めた家の没落を見守る女という設定がこの篤姫もそのまま当てはまり、幕末ものであると同時に、平家物語ならぬ徳川家物語として見るという楽しみ方もできます。
 
 『宮尾本 平家物語』と『天璋院篤姫』、宮尾登美子作品が二作も大河ドラマに選ばれるのは、かつて繁栄した家の最期を看取る女という無常観の漂う設定と、大切な友との別れや家族の死、そして一つの時代の終焉から命の輝きをすくい取ろうとする大河ドラマのコンセプトと相性が良いからだと思います。
 

宮尾登美子さんは子供の頃から平家物語が大好きだったらしく、多分滅びゆくものや過ぎ去る時代に美を見出す感性の人なのでしょうね。さらにそこから大河ドラマは平家物語やそれに類する話と相性が良いということも推し量れます

メリハリのない脚本

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 このドラマで最も残念なのは練り込み不足でメリハリのない脚本です。
 
 基本は大奥の中が舞台で、ほぼ会話主体のドラマなのにも関わらず、会話シーンは頭で考えたことを口にするだけの説明会話で面白味は特にありません。
 
 同じく会話劇が売りの大河ドラマでも『真田丸』はどの人物も腹に抱えた思いと口に出す言葉が食い違っており、その人の仕草や映像から真意を読み解く楽しみがありますが、この『篤姫』はハッキリ言ってただセリフだけ聞いていればストーリーが理解できてしまい、映像や演技に意味を託して語るという基本が出来ていません。
 
 さらに、なにか辛いことや悲しいことがあるとメソメソ泣き、わめき散らかすだけのいかにもTVドラマ的な安っぽい感動のさせ方にも辟易へきえきさせられました。
 
 『義経』はほとんど毎話泣きましたが、それは登場人物が悲しみを胸に押し込めてひたすら気丈に振る舞うためです。例えば、静御前しずかごぜんが義経との間に出来た我が子を頼朝に殺される回も、一切の恨み言を口に出さず、我が子の命を奪った憎きかたきの面前でただただ見事に舞ってみせるから静の度胸に胸を打たれて落涙するのであって、役者がワンワン泣きわめくような下品な場面で涙など流れません。
 
 宮尾登美子原作ということで『義経』から続けて見ましたが、脚本の出来が素晴らしく全49話があっという間だった『義経』に比べ、コチラは序盤~中盤は見続けるのすらキツイと感じる瞬間が多々ありました。しかも、脚本がイマイチな煽りを受け、脇役もまったく印象に残らず、主要登場人物以外は特に思い入れを持つような人もいません。
 
 ただ中盤以降は、序盤で篤姫の将軍家への輿こし入れを支えてくれた薩摩藩の人々が、今度は日本を変えるため将軍家を叩き潰すべく篤姫の敵として立ちはだかり緊張感がぐっと増し、否応にも盛り上がっていきます。
 
 このように、根本のストーリーや会話のやり取りより、敵味方が全部ひっくり返るといった幕末の劇的な政治情勢の移り変わりに頼り切っており、どうしても何か歴史的な事件が起こってくれないと退屈に感じます。
 
 このドラマは薩摩出身の篤姫が故郷の薩摩と敵対する悲劇や、愛する家定いえさだとの誓いを果たすべく徳川家存続のため命を捧げる篤姫の晩年など、素材は抜群に良いため、脚本や演出次第ではいくらでも傑作に化けたと思います。
 
 しかし、終わって見るとそこそこな作品に落ち着いており、ここは非常に惜しいなと感じました。
 

最後に

 
 篤姫のライバル的存在のお志賀しが和宮かずのみやのキャラが弱いとか、篤姫が乗り越えるべき壁であり目標となるような人物が不在など、細かい脚本上の不備が多く、結果大奥の女たちが家族となっていくというストーリー展開が非常に弱々しいものとなり、余韻はあっさりです。
 
 大奥の女たちが着る衣装にとてつもなく金がかかっているとか、全体的に美術の豪華さに特化し過ぎており、ストーリーはハッキリ言って退屈でした。
 
 それでも、篤姫の生涯が全て集約するラストは大号泣したので、最後まで見ると決して悪い作品とは思いません。
 
 何よりも、表面ばかり取り繕う幕府の要人に対し誠実そのものな篤姫のまっすぐ筋の通った生き様や、篤姫の前でだけ心の鎧を脱ぎ捨て真の自分をさらけ出す家定との甘く濃密な恋愛劇と、宮﨑あおいと堺雅人の二人の役者がいなかったら多分このドラマは成立しなかったと思うので、心底この二人がいてくれて良かったと思います。
 

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