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外交兵器としてのアート 『アートは資本主義の行方を予言する -画商が語る戦後七十年の美術潮流-』 著者:山本豊津 〈書評・レビュー・感想〉

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本の情報
著者 山本豊津
出版日 2015年9月16日

本の概要

 
 この本では、資本主義が持つ本来なら有用性がないものが高値で取引されるというカラクリと、価格が急激に高騰するアート作品の仕組み根っこが同じであるという仮説が紹介されます。
 
 作者は経済の専門家ではなく画商のため、具体的なデータは示されず、長年の経験に根ざした仮説が主で、説得力はやや薄めです。それに、アートと資本主義の関係の話や、戦後日本の現代アート史の話、作者の若い頃の思い出話など、関係性が薄い話がぐちゃぐちゃに混じっており、やや読み辛いという難点もありました。
 
 しかし、ありとあらゆる経済活動や、他国との外交において、アート作品の価値の高め方がそのまま当てはまる、アートを制するものが経済を制するという考えはゾクゾクするような知的興奮が味わえます。
 

アートを制する者が国際競争を制する

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 この本は、長年画商として画家や美術作品と接してきた著者が考えたアートと経済に関するいくつかの仮説が披露されます。
 
 戦国時代に織田信長が千利休を重用ちょうようし家臣の間に茶の湯を広めたのは、茶器や掛け軸など物の価値を高めることで、限りある領土(土地)の代わりに茶道具を戦の報償とするためという話や、バブルの頃に海外の土地を買い漁る余裕があるなら世界中に散らばった自国の美術品を高値で買い戻しておけばそのまま日本の美術品は高値で取引されるという印象を世界に与え自国の文化的な価値をもっと高められたという話など、どれも刺激的です。
 
 中でも度肝を抜かれるのが、アートと資本主義と外交は、どれも似たカラクリを持つというぶっ飛んだ仮説です。
 
 この本では、一万円札を刷るのに必要な紙代とインク代、人件費の原価は約22円で、この22円で刷れる“一万円と印刷された紙切れ”に一万円分の物と交換できる価値を付加するには日本国がこのお札は一万円分の価値がありますよと保証することが必須と説明されています。
 
 次に、画商が無名の画家の描いた絵を紹介する際に、アート史の文脈における立ち位置を示し、絵のコンセプトがどれほど優れているのかという解説を加え、どれほどこの絵が後々に価値が出る逸品なのかを説明し絵の価値を保証することで、絵の価格が何倍も何十倍も、それどころか何万倍にも膨れあがるというカラクリも紹介されます。
 
 そして、この無名の画家が描いた絵が画商の保証によって価格が高騰するのと、約22円の“紙切れ”が日本国の保証によって一万円の価値に膨れあがるカラクリとは、実はまったく同じであるという衝撃の仮説が披露されることに。
 
 この、キュレーター的な役割を果たす者の力量次第で、本来の物の価値からどこまでも価格が跳ね上がっていくことこそが資本主義の本質であるという仮説には驚愕しました。
 
 さらに、アート作品が画商のキュレーターとしての能力次第で付加価値が付くように、外交も自国の文化や独自性を強く海外にアピールできる力量を持った外交官がいれば自国の文化価値をどこまでも高めて海外に発信できるという可能性も示唆されます。
 
 日本はこのような自国の文化を海外に向け発信する際のキュレーターとしての役割を果たす人材が皆無なため、アメリカや中国、イギリスやフランスのような国際社会で非常に強い存在感を発揮し、自国の文化的価値を高めることに積極的な国に遅れを取りやすいという指摘も興味深く読めました。
 
 日本は、ハードでしかないハコモノの美術館ばかり作りソフトとしての美術品が足りず、しかもソフトとしての美術品があったとしてもその価値を高めて海外に情報発信できる優れたキュレーターがいないと、常に日本政府が行う文化政策はズレているという痛烈な批判もされています。
 
 この本を読むと、アートを学ぶことで、本物を見抜く審美眼と知識が磨かれ、その本物を見極める眼を前提とし、本来の価値を何倍にも膨れ上がらせるキュレーションのすべを駆使し自国の価値を高めていくことこそが、日本が今後国際社会の中で存在感を発揮できるかどうかの生命線になるなと考えさせられます。
 

この仕組みを1995年に完璧に見抜いていたオタキング

 
 この仮説を読んでいて思い出したのが、アニメ製作会社ガイナックスの元社長である岡田斗司夫さんが書いた『ぼくたちの洗脳社会』という本です。この本では、コミュニケーションもジャーナリズムも映画も全ては洗脳行為であり、世界中であらゆる勢力が洗脳力の高さを競い合い、より洗脳力が高い者が影響力を獲得する時代が訪れているといったことが書かれています。
 

この洗脳社会という考えは、現在では評価が高い者が高い影響力を獲得するという評価経済へと名前を変えています

 
 岡田斗司夫さんもガイナックス時代はプロデューサー的な仕事をしており、やはり画商やプロデューサーのような自分で物を作るのではなく、他人が作った物の価値を最大限高めるため世の中に情報を発信するポジションの人たちは、付加価値こそが資本主義の原理原則であると気付き、似た考えに至るのだなと思います。
 

アニメでは主にプロデューサーがこの役割を果たすため、スタジオジブリが宮崎駿や高畑勲アニメの価値を本来の数百倍に高めて世の中に発信できるのは、キュレーターとして優秀な鈴木敏夫プロデューサーがいたおかげと考えると分かりやすいですね。プロデューサーが無能だと作品価値が本来より下がるカラクリもこの考え方で見るとしっくりきます

 
 そもそも岡田さんが書いた『ぼくたちの洗脳社会』の単行本の表紙を手掛けるのがこの本でキュレーターとして高い能力を持つと紹介される現代アートの第一人者の村上隆さんなので、岡田さんは1995年の時点で完璧にこの仕組みを理解し、現代アートがどのように作品の価値を高め、それが洗脳社会とどう共通するのかというカラクリを表紙に象徴させていたのだと改めて気付けました。
 

最後に

 
 アートと資本主義の類似性に対する仮説や、国際社会で日本の存在感を発揮するには自国の文化価値を高められる優れたキュレーター的資質を持つ人材が必須という考えなど、読んでいる最中は面白すぎてペタペタとポストイットを貼りまくったら、ほぼ全ページポストイットだらけとなりまったく用をなさなくなりました。
 
 過去に読んだアートとビジネスを関連付けて語る本の中でも、本作はトップクラスの知的興奮を味わえる素晴らしい一冊です。
 
 
 
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