著者 | 藤木稟 |
出版日 | 2009年6月19日 |
評価 | 90/100 |
オススメ度 | ☆☆ |
ページ数 | 約410ページ |
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小説の概要
この小説は『イツロベ』、『テンダーワールド』、『アークトゥールス』という世界観設定が共通の三作品の完結編です。
独立した話ではなく、前作の終盤からほぼ間を置かず始まるため、前作を最後まで読んでいることが前提の内容です。
『テンダーワールド』では謎のままだった情報省とそれを支配する影の支配者、強固なセキュリティによって守られるアークトゥールスホテルの謎、最重要人物なのに不在のままだった人類最高の頭脳を持つロザリー・イーグル博士と、前作の謎はほぼ全て解き明かされます。
情報の洪水を浴びる快感に酔えた『テンダーワールド』に比べるとやや単調で勢いがなく、単純な小説としての面白さは後退しました。
しかし、話を綺麗に着地させることを放棄し、想像を絶する場所に読者を導いてしまう衝撃度合いで言うと『テンダーワールド』を軽く凌駕します。
星(アークトゥルス)に願いを託す、衝撃のラスト
今作は『テンダーワールド』の登場人物が全員続投し、未解決だった謎にも決着が付きます。しかし、最終的に過去の問題が些末に思えるほど物語のスケールが急激に膨らむため、見事な着地というよりやや乱暴に終わらせたなという感触でした。
それは、これまで積み上げてきた出来事と今作から追加される後付けのような設定がやや歪な結び目で繋がるためです。そのせいで、綺麗に謎が解けるというよりは、これまで謎とされた問題の重要度が下がり、後出しした大きな問題に呑まれただけという違和感も残ります。
ただ作中に、作者が登場人物の口を借り、整合性なんてどうでもいい回顧など知るものかと高らかに宣言するため、この後ろを振り返らない潔 さは意図したもので、旧世界を破壊し新たな創世神話に望みを託す態度こそ『テンダーワールド』の続編に相応しいと最後には納得できました。
ラスト、なぜ小説のタイトルが“アークトゥールス”という銀河系の恒星の中では特異な軌道を持つ星の名なのかという謎が解けると、そこに込められたある人物の切実な願いと、人と異なることに誇りを持ち、勇気を持って常識の環から飛び出して欲しいというメッセージが読み解け、改めて『テンダーワールド』と並び素晴らしい作品だと痺れるような余韻に浸れました。
歯車と化したキャラクターたち
前作と同様に今作も傑作だと思いますが、細かい不満はむしろ増えました。
前作はFBI捜査官のカトラーやオカザキ、ジャーナリストの鳴海といった人物たちが足を使い、実験都市OROZを歩き回り事件の真相を追う話だったのが、今作からは世界最高の凄腕ハッカーであるツォロスティア視点が大幅に増え、車椅子のツォロスティアに合わせるように、あまり物語に動きがなくなりました。
アークトゥルスという恒星と同様に、他者とはまったく異なる生き方や人生観を持つツォロスティアが主役になったのはテーマと合致し大変素晴らしいと思います。ただ、今作の中心となる“リサ・プロジェクト”という途方もないほど遠大な計画のせいで、カトラーや鳴海といった他の登場人物達は計画の歯車と化したようで味気なく感じました。
前作では活き活きとしていたキャラクターたちが計画の影響でやたら夢や幻覚に悩まされ続けたり、自分の意思で動いていたと思ったら全てとある人物の手の平の上だったりと、どこか操り人形然としており魅力が薄まって見えます。
しかも、物語的にさして重要でもない場面(移動シーンや会話シーン)がダラダラと間延びしがちで、前作『テンダーワールド』の隙間無くギッシリと詰まった情報密度に比べどうしても見劣りします。
それに、前作と同じようなことを繰り返したくないためか、事件の中心であるアークトゥールスホテルがあるOROZシティと関係のない場所で話が進み、せっかく苦労して存在感を出した街がほったらかしとなり単純に勿体ないです。このせいで、ついにアークトゥールスホテルに乗り込むという終盤にあまり街の最深部に踏み込む緊張や高揚感がありません。
今作は良くも悪くも完結編らしく全てにおいて物語を終わらせることを優先するため、単純な小説としての面白さは次から次に衝撃的な情報を浴びせられる『テンダーワールド』のほうが上でした。
読む順番に注意!!
今作は、『イツロベ』、『テンダーワールド』、『アークトゥールス』という世界観設定が共通の三作品の完結編です。
自分はそれを知らないまま二作目の『テンダーワールド』から読み始め、話の続きが気になったので一作目の『イツロベ』を飛ばし『アークトゥールス』を先に読んでしまいました。すると『イツロベ』の補完エピソードのような箇所が頻出し、先にそっちを読めばよかったと激しく後悔することに。
ただ、これは後々『イツロベ』を読むと実はそこまで設定は密接に関係していないことが分かり、思い過ごしであると判明しました。
ですが、出来れば順繰りに読んだほうが徐々にスケールが大きくなり、一作目からは想像も出来ない場所に連れてこられる興奮と感動が味わえるため『イツロベ』から読むのが妥当だと思います。
最後に
前作に比べ全体的にテンポが悪いのと、ツォロスティア以外の登場人物が操り人形のようで味気ないこと、これといって刺激的なSFガジェットが登場しないことなど、単純に小説の密度が濃く楽しめたのは『テンダーワールド』のほうでした。
しかし、物語のラストにアークトゥールスというタイトルに託された願いが分かると、これぞ『テンダーワールド』の続編というメッセージが浮かび上がり、結果として本作も大好きな作品になりました。
前編
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