トレーラー
評価:100/100
公開日 | アメリカ:2018年2月23日 (日本ではネットフリックスにより配信され、劇場未公開) ネットフリックス:2018年3月12日 |
上映時間 | 115分 |
映画の概要
この作品は、光(シマー)と呼ばれる謎の現象により生じた異常な空間を調査していくサスペンス映画です。
アンドレイ・タルコフスキー監督の映画史に残る傑作『ストーカー』の影響が強く、そのほか『遊星からの物体X』、『エイリアン』など、様々なジャンルの映画から影響を受けつつ、それらと似て非なる映画に仕上げて見せたアレックス・ガーランド監督の手腕が見所です。
シマーという人智を超えた空間と、未知の生命とのファーストコンタクトを映画のリズムを決定付ける巧みな編集テクニックとこれ以上ない映像センスで見事に描き切った大傑作でした。
あらすじ
元軍人で現在は生物学者となったレナは、軍の極秘任務で行方知れずの夫の帰りを一年も待ち続けていた。
ある時死亡したと思っていた夫が突如帰宅するも、記憶が曖昧で自分がどこでどんな任務に就いていたのかまったく覚えていないと漏らす。突然意識を失い倒れる夫を心配するも、そのまま謎の組織に連れ去られ、見知らぬ施設で目覚めるレナ。
そこでレナが目撃したのは光 と呼ばれる謎の現象により歪んだ空間が広がる異常な光景だった。レナは組織の責任者であるヴェントレスに、このシマーは拡大する一方で、このままでは世界はシマーに飲み込まれるであろうという予測と、唯一このシマーから生還できた人間はレナの夫だけであるという事実を知らされる。
レナは原因不明の症状で危篤状態が続く夫の身に何が起こったのかを知るため、危険なシマーの調査隊に志願する。しかし、そこでレナたち調査隊が目撃するのは常識などまるで通用しない不可思議な世界だった。
遺伝子も映画も混じり合う世界
鑑賞前は自分の生涯ベスト級映画であるアンドレイ・タルコフスキー監督の『ストーカー』に似ていると聞いていたので、少しでも出来が悪く『ストーカー』を汚すような内容だったら嫌だなと身構えていましたが、実際に見るとその不安は杞憂に終わることに。
『ストーカー』はゾーンと呼ばれる廃墟を静かなタッチで淡々と、しかしこの上なく美しく描いていました。しかし、こちらはシマーの影響で遺伝子が変異したクリーチャーに襲撃されたり、自分の体が人間ではない別の何かに変化していくというパラノイアックな恐怖描写を描いたりと、ホラー的な要素が多分に目立ちます。
ただ、凡百の映画とは比べ物にならないほどアレックス・ガーランド監督の演出手腕が冴え渡っており、『エイリアン』の1作目と同じでグロテスクさは美を損ねるどころかより作品に磨きをかけ『ストーカー』とはまた違った妖しい色気があります。
そのため謎の現象であるシマー内部に舞台が移ってからは目に飛び込んでくる全ての光景が琴線に触れ、次から次に訪れる斬新な映像イメージとの出会いに映画を見ている最中は終始幸せでした。
池に半分だけ水没している家屋や、人間のような奇怪な形の花(もしくは花のような人間)という一目惚れしてしまうロケーションやオブジェはただの置き物ではなく、後に半分水没しているという状態を活かしたクリーチャーの登場のさせ方や、ある人が姿をくらます際の装置としての機能も果たすという洗練された作りにただただ感服させられます。
アレックス・ガーランド監督の前作である『エクス・マキナ』でも発揮していた異常なまでの照明(ライティング)へのこだわりは今作も健在で、光の加減が徹底してコントロールされ、屋内にいても窓から差し込む薄い膜を通したような優し気なのが逆に気味の悪い陽光がシマー内であることを主張し、絶えず異常な環境に身を置いていることを意識させてくれます。
映画のどの瞬間においても映像の美しさが世界観設定を軽々と凌駕しており、どんな非現実的な事態が起ころうともそれに疑念を抱くという隙はなく、気持ちよくシマーという異常空間に浸れました。
映画も遺伝子も切り貼りされる世界
本作の完成度に大きく貢献しているのが、ウェス・アンダーソン監督の傑作『グランド・ブダペスト・ホテル』でも、ぽんぽんと飛ぶように大胆かつ軽やかに場面が飛ぶ素晴らしい編集の冴えを披露していたバーニー・ピリングの編集テクニックだと思います。
この大胆に場面が飛ぶような編集は『グランド・ブダペスト・ホテル』ではやや皮肉っぽいコミカルさを演出するのに一役買っていました。
本作では一変して人間の記憶や理性をところどころ欠損させるシマー内部の時間感覚を体感させる役割を果たしており、映画を見ていると徐々に時間の流れがシマーに調整されていくような奇妙な感覚を覚えます。
途中一箇所だけ露骨にユーモラスなシーンがあり、そこもほぼ編集のタイミングだけで笑いを生じさせており感心します
この編集のリズムにより強制的にシマーと時間感覚を一体化させられるような感覚は『アナイアレイション』という作品を他の似たような作品とは一線を画する特別な一本に感じさせる大きな要因になっていると思います。
前作『エクス・マキナ』はイギリス映画(監督自身もイギリス出身)で、そのためか同じくイギリス人監督であるデヴィッド・イェーツ作品(『ハリー・ポッター』シリーズの後期や『ファンタスティック・ビースト』)に多く関わる編集のマーク・デイが起用されていたものの、『アナイアレイション』の見事な編集と比べ明らかに見劣りします。
余談ですが、これまではデヴィッド・イェーツ監督作品全般に感じる単調さの原因は監督自身にあるのだと思っていたら、『エクス・マキナ』と『アナイアレイション』の編集の技術力の差を見比べると、実はマーク・デイの編集がネックなのではないかという仮説が生まれました。
バーニー・ピリングの編集はウェス・アンダーソン監督やアレックス・ガーランド監督という強烈な作家性を持つ監督と相性抜群なのか、編集のリズムは常に心地良く感じられました。
イングランドとルイジアナの森が混ざり合った風景
Blu-rayのメイキングを見ると、この映画の森のシーンは、アレックス・ガーランド監督の出身地でもあるイギリス(イングランド)の“ウインザーの森”で撮影されているのに、美術はアメリカのルイジアナの森をロケハンし、それを元に作ったとのこと。
そのためイングランドの森にアメリカの森にある植物や風景を人工的に再現した景色になっており、シマーの設定とも様々な遺伝子が混じり合う本作の美術的な方向性とも合致した見事なまでに異質な森を表現できていると思います。
最初に映画を見た時は、森が普通の映画と異なり異様な雰囲気を発しているのは照明の影響かと誤解しましたが、メイキングを見るとイングランドとアメリカの森が混ざり合ったこの世のどこにも存在しない人工的な景色を作っていたためと分かりました。
最後に
もう好き過ぎて5、6回は見たものの、まだまだ見足りない、間違いなく今後の人生で何十回も見直すであろう生涯ベスト級の一作です。
アレックス・ガーランド監督の長編二作目とは思えない見事な手腕にただただ感服するばかりでした。
映画評論家の町山智浩さんの映画内の謎の解説。これを聴けば映画内のほぼ全ての謎の意味が分かります
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