はじめに
今回のミニ・ブックレビューは2022年5月に読破した本をブログでのレビュー記事あり・なし問わず紹介します。
今月は体感としては毎日1冊本を読んでいた気がするほど読書に明け暮れた月でした。
最近はYouTubeのまとめサイト化が酷くどのジャンルも効率的に再生数が稼げる似たような動画が氾濫 し、YouTubeは見るだけ時間の無駄と、なるべく避けるようになりました。
それと関連するのが、本の要約をするコンテンツが増えたことで、あのような要点だけ抜き出してまとめる行為に意味などなく、本当に時間の無駄としか思いません。
読書とは本を介して作者と対話する行為であり、本に書いてある内容だけ抜き出して並べてもただの情報の羅列でしかなく何の意味もありません
生活の中心が読書になって数年が経ち最近ようやく薄々気付き出したのが、結局たくさん本を読んでいるだけでは知性の限界ラインを超えることは不可能ということです。
不可逆である時代の変化を読めず、カビの生えた古くさい本ばかり読んでいても時代の最先端を走る人と視点を共有するなど不可能で、むしろ差が開いていくような焦りすら覚えます。
特に優れたビジネス書を読むとそれを痛感させられることが多くあります。トップビジネスパーソンは新しいテクノロジーを発見すると、そこから無数のビジネスモデルをシミュレーションできますが、自分にはたった一つのアイデアすら思い浮かびません。それどころか、未来のビジョンを丁寧に説明されても大半の場合理解することすら不可能です。
数年前まではそれを認識することすら出来ておらず、読書するようになってようやく自分の頭は致命的なまでにポンコツのゴミなのだという理解に至りました。世の中の流れを数年、ヘタをすると数十年遅れで認識することすらできず、遙か先を走り続けるイノベーターたちの残像すら見えていません。
それが辛うじて認識できるようになると、今度は最先端を走る人たちが抱える孤独について色々と考えさせられます。
普通の人間の数十年先を見据えて動いているため、誰もその行動の意図を読めず、しかも説明しても一切理解してもらえない孤独はどれほどの深さなのか想像してみると、今度は未来のビジョンを共有している人たちは互いに仲間意識が強いという現実に気付くことも出来ます。
読書をするということはそのような人たちの視点を借り未来を覗く行為であり、一度あっち側の世界を垣間見てスイッチが入ってしまうともう元の認識に戻れなくなってしまう不可逆の体験でもあります。
何が言いたいのかというと、世の中には孤独なイノベーターたちが無数におり、その人たちが孤独であると気付くまでに本を読み続けて数年かかったということと、本を読まない限りそれに気付くことは未来永劫不可能という話です。
そのような人たちは大概「早く目覚めろ!!」とメッセージを発信していますが、それに気付くのに数十年掛かりました
小説 3冊
・『変な家』 著者:雨穴
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何の変哲もないとある一軒家の間取りを読み解くことで家を設計した人間の奇妙な思惑が浮かび上がり、徐々に奇妙な事件に巻き込まれていくというサスペンス小説です。
この作品はハッキリ言って全体的には小説としてさほど完成度は高くありません。しかし、冒頭を読んで絶対にこれは面白いだろうと思わせる吸引力が並みの作品を圧倒しており、サスペンス小説としては導入部の作り方が見事でした。
小説としては先行逃げ切り型で後半が尻すぼみですが、導入部分はここ最近読んだ小説の中では間違いなく上位の出来です。
・『鬼夜行 源平妖乱シリーズ #3』 著者:武内涼
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平安時代の末期、源義経が属する鬼狩り集団“影御先 ”と、権力の中枢に巣くう血吸い鬼“邪鬼”との戦いを描く『源平妖乱』シリーズ3巻です。
3巻はようやく武蔵坊 弁慶 が登場するため、否応なくテンションが上がります。
しかし、過去2作に比べ明らかに推敲不足が目立ち、完成度はシリーズでも最低でした。1、2巻は一気読みしてしまうほどの面白さでしたが、今巻の出来がイマイチで正直次巻を読もうかどうか悩みます。
それに、前巻から一ヶ月ぶりに読んだだけでもう設定を全て忘れそうなので、やはりシリーズものは自分に向いていないと痛感するキッカケにもなりました
・『伽羅の香』 著者:宮尾登美子
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香りを鑑賞する日本の伝統的な芸道“香道 ”に魅せられた主人公・本庄葵が、現代で滅びかけた香道を復興するために尽力するという小説です。
一気に読むのもせかせかし過ぎと思い、それなりの日数を置き久しぶりに宮尾小説に手を出しましたが、やはり他の作家との格の違いを見せつけられました。
冒頭の数十ページで舞台となる三重県の田舎にこのような村や人物たちが本当に実在したとしか思えないリアリティに惹き込まれ、最後は度肝を抜かれるほどの巧みな構成力に唸りと、並みの小説では太刀打ちすら不可能な歴然とした差があります。
ストーリーも見せかけの空虚な繁栄など決して良しとはしないであろう宮尾さんらしく、香道という芸道も読者すらも突き放すような芯のある厳しさがあり、宮尾文学を読んだという確かな満足がありました。
やはり本物の作品に触れると身も心も引き締まります
書籍 10冊
・『現代思想入門』 著者:千葉雅也
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デリダ、ドゥルーズ、フーコーという三人の哲学者を中心に、現代思想とはどのようなもので、それが現代にどう役に立つのかを解説する現代思想の入門書です。
正しくは、現代思想の入門書を読むための入門書ですが、それでも難解と感じる部分が多々あり、読むハードルはそこそこ高めです。
現代思想に対して堅苦しいイメージを持たないように柔らかい文章を心がけており、書かれていることはやや難しいですがこの本の作者に対しては信頼が持て安心して読めました。
現代思想とは硬直化した状態を打破するため、秩序から逸脱するための哲学であるという解説を読むと、現代の社会、特にイノベーションが起こりづらい日本にこそ現代思想は有用な考え方であると思えます。
現代思想において重要となる“脱構築”という言葉も再構築のような意味だと勘違いしていましたが、この本を読むと旧態依然の秩序から逸脱するための手段であることが分かり、ぐっと現代思想を自分に引き寄せて考えることが出来ました。
現代思想とは硬直した状態や、閉塞感を打破するためのブレイクスルーになり得る考え方であり、ただ小難しいだけではないと教えてくれる良書です。
正直、現代思想そのものが難しすぎて元の理論が理解すらされず、そのせいで実践者が増えないという悪循環に陥っている気もします
無駄こそ大事で秩序こそが閉塞感をもたらすという考え方は創作論にも通じるものがあり、ブログを書いている自分にも色々考えさせられる内容でした。
・『プロトタイプシティ -深センと世界的イノベーション-』 著者:高須正和・高口康太
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プロトタイピングという手法と、プロトタイピングを応用したビジネスに特化する街として進化した中国の深センについての解説がされるビジネス書です。
一応、中国の深センという都市に関する話題が主ですが、個人的にはプロトタイピングという、早期にプロトタイプモデルを作りユーザーのフィードバックを吸収しながら進化・発展させていくというビジネスモデルが世界的に主流になっているという話のほうに興味を奪われました。
このプロトタイピングの考え方は、これまで読んだ様々なビジネス書でも違う用語や例えで語られており、それらが全て一つに繋がるような快感があります。
・『教養として知っておきたい33の経済理論』 著者:大村大次郎
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元国税調査官である著者が様々な経済学の中から選りすぐった33の経済理論を紹介するというビジネス書です。
ゲーム理論(囚人のジレンマ、など)や行動経済学(プロスペクト理論、など)の有名なワードが多く、正直この手の本の中ではそこまで新鮮さはありません。
ただ、著者が元税務署の人間なため、脱税 を税務署に密告してくる人間の大半は嫉妬した脱税者の身内の人間という情報など、紹介される経済理論に対し実際の体験談を交えて補足説明がされる部分は大いに楽しめます。
正直、元税務署の人間から見る経済学という視点が最も刺激的なため、この部分を拡大してくれたほうが個人的には好みでした。
それに金を儲けるための経済理論の紹介ではなく社会をより良くするための教養としての経済学というスタンスなため、福祉政策を重視する経済学をより重点的に紹介するなど、その姿勢には共感できます。
・『未来に先回りする思考法』 著者:佐藤航陽
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テクノロジーの進化の流れを読み解くことで未来予測が可能になるという主旨のビジネス書です。
テクノロジーの性質に関する話題が面白い上に、トップビジネスパーソンたちがどのように世界の変化を捉え、どこにビジネスチャンスを見出すのかという思考の一端を窺うことができる一冊でした。
この本以外も『お金2.0』など、佐藤航陽さんのビジネス書はSF小説のようなテクノロジーの進化と、進化したテクノロジーによって人々の価値観はどう変わっていくのかという思考実験のような楽しさがあり、並みのビジネス書を凌駕する魅力があります。
この本は今月読んだ本の中では最も得る物が多い一冊でした
・『評価経済社会 電子版プラス』 著者:岡田斗司夫
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アニメ制作会社ガイナックスの元社長である岡田さんが、人々が貨幣の代わりに評価と影響力を奪い合う“評価経済”という概念について説明する本です。
この本は再読ですが、最近は読書ばかりしているせいで読解力が向上しており、一回目とは比べものにならないほど内容がスラスラと頭に入ってきました。
評価経済社会とはネットという最新技術で弱体化したマスメディアの影響力を個人が奪い合う戦国時代であるという考えは今読んでも刺激的でワクワクします。
・『カリスマ論』 著者:岡田斗司夫
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こちらも同じく、岡田さんが巷に溢れるカリスマビジネスの仕組みについて持論を語る本です。
現代におけるカリスマの在り方については評価経済の延長の捉え方でしかなく、カリスマ論としてはさほど面白味はありません。
評価経済において評価が高い=カリスマという単純な構図です
しかし、この本はカリスマ論といってもカリスマ寄りの話ではなく、どちらかというと推し活論に近いものがあります。
この本の主旨をざっくりまとめると、ネット民は誰かの悪口をネットに書き込むより、好きなカリスマを応援してカリスマのサクセスストーリーの一部になったほうが、応援されるカリスマも嬉しいし、カリスマを応援している自分も楽しいと、ネットに向けられる負のエネルギーを全て誰かを応援する正のエネルギーに変えたほうが皆が幸せになれるという提案です。
端的に言うと誰かを非難するより応援したほうが両者ともに幸せになれるという幸福論の本です
それに加えて、現在のネット空間はSNSなどで常に他人の動向を監視する田舎のような閉塞的な場所に逆戻りしているという指摘など、ネット空間の治安が悪化することへの懸念にもそこそこページが割かれています。
評価経済とカリスマの関係性や、カリスマとオンラインサロンビジネスの相性の良さなど、読んでいて楽しい部分も多くありますが、カリスマを応援(推し活)することに興味ゼロな自分にとってはあまり刺さらない一冊でした。
・『お金って、何だろう?』 著者:岡田斗司夫 山形浩生
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同じく岡田さんと、トマ・ピケティの『21世紀の資本』など経済に関する本を数多く翻訳する山形浩生さんとの対談をまとめた本です。
基本的には岡田さんが延々と経済(お金)に関する疑問を根掘り葉掘り質問するだけで論旨がイマイチ定まっておらず、一冊の本としてはまとまりがありません。
それに、この対談が行われた時期は岡田さんがオンラインサロンのプロトタイプのような組織を運営している最中なため、その組織に関する宣伝のような本になっている点も今読むとマイナスでしかありません。
ただ、経済に関する鋭い指摘も多くあります。特にアナログ世代は自分が親しんできたリアルなものをデジタルの形に変換しようとするのに対し、デジタルネイティブ世代はリアルを経由せず、デジタルをデジタルとして受け入れるため、今後は電子マネーなどデジタルのみの取引量が増大するだろうという話は興味深く読めました。
これはハッとする指摘で、確かに自分もリアルなものをデジタルに置き換えることを当然と考えており、アナログな時代を体験していないデジタルネイティブ世代にとっては全てがデジタルオンリーの取引で十分で、そう考えると今後は物質経済が縮小し取引そのものの形態が大きく変わっていくのかもしれないなど、あれやこれやと想像力が広がりました。
・『評価と贈与の経済学』 著者:岡田斗司夫 内田樹
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同じく、岡田さんとフランス文学者で思想家の内田さんの対談本です。
この本は『評価経済社会』とセットで読むのがベストだと思います。この本を読むと評価経済社会というのはどちらかというと評価を稼ぐことで儲けようではなく、厳しい時代を生き抜くために本当に互いを理解し合った者同士で共同体を作ろうという考え方に近いことが分かります。
中でも、内田さんが語る先生論(師匠論)の話は非常に深く、この部分を読めただけでもお釣りがくるほどの価値がありました。
自分も意味が分からないほど年長者に愛情を注がれた経験があるため、この先生の無償の想いが人の人生を変えるという話には胸に迫るものがあります。
この本はどちらかというと内田さんが話し手で岡田さんは聞き手です
・『99%の人が気づいていないお金の正体』 著者:堀江貴文
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ホリエモンが、ただの紙切れに過ぎないお金という幻想に縛られる現代人の価値観をぶち壊すという主旨のビジネス書(というか自己啓発書)です。
タイトルにある“お金の正体”とは信用であり、札という紙切れになど意味は無く、人からの信用こそが財産であるという評価経済的な結論に至るため、一冊の本としてはあまり深みはありません。
それに書いていることは『多動力』的な考えるより先に行動しろというアドバイスや、普通のレールから外れている人間のほうが常識に囚われずビジネス向きなど、ホリエモンの書籍では何度も繰り返されるアドバイスが多く、新鮮さも希薄です。
ただ、ホリエモンはお金という煩わしいものをこの世から消滅させ、人と人との信用だけで回る社会を築こうという、ほとんど狂気じみた野心を持っていることがひしひしと伝わってくるため、ホリエモンの思考を覗くスリルは十分堪能できます。
ここまでお金に興味が無いホリエモンが世間からは銭ゲバのように思われているというギャップが不思議でなりません
・『頭のゴミを捨てれば、脳は一瞬で目覚める!』 著者:苫米地英人
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認知科学によって日々の悩みを解決し、仕事のモチベーションやパフォーマンスを向上させることを目的とした自己啓発書です。
この本はハッキリ言って別段優れているワケではなく、ただ一点毎日ひたすら「何をしていいか分からない」という無意味な悩みに苦しんでいるという人への処方箋としてはおすすめです。
問題解決の一つの手法として紹介される物事を考える際に抽象度を高めるという思考法は、ビジネス書を読んでいると頭の良い人はこの物事の抽象化を呼吸するように行っており、だからトップビジネスパーソンは常に仕事のパフォーマンスを高い状態で維持できるのかと気付くこともできました。
最後に
今月は毎日暇さえあれば本ばかり読み、あれやこれやと未来について思いを馳せる充実した月でした。
結局ビジネス書を読んで未来のビジネスやテクノロジーの進化を想像している時間が最も楽しいと気付けたので、これからはそのような本を中心に読もうかと思います。