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【#19】マンダロリアン、ボバ・フェットにハマりまくりの3月

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はじめに

 
今回のミニ・ブックレビューは2022年3月に読破した本をブログでのレビュー記事あり・なし問わず紹介します。
 
今月も2月から引き続き使い勝手の良いファイヤーTVで、VOD(動画配信サービス)を利用し映画やドラマを見続けました。
 

 
2月に見た映画『ザ・ライダー』でクロエ・ジャオ監督にハマったことから、同じくクロエ・ジャオが監督したアベンジャーズシリーズの『エターナルズ』を視聴するためわざわざディズニープラスに加入することに。
 
まず『エターナルズ』の前にアベンジャーズシリーズで未見だった『ブラック・ウィドウ』と『シャン・チー』を見ることに・・・しかし、この二作品が超絶クソつまらない映画もどきのゴミで、途中で2、3回睡魔に襲われ休憩を挟まないと視聴できないほどの苦痛をこうむり見たことを全力で後悔。
 
しかも、肝心の『エターナルズ』もクロエ・ジャオ映画にしてはただの金がかかった凡作でしかなく、本当に時間を無駄にしたという後悔しか残りませんでした。
 
前後の流れを把握するためだけに嫌々シリーズものを視聴するのは数年ぶりで、この虚無感しか残らない苦行に心底嫌気が差したからやめたのだと久方ぶりに思い出しました。
 
せっかくディズニープラスに加入したのに期待外れのアベンジャーズしか見ないのはお金が勿体ないと、未見だった『スターウォーズ(以下SW)』シリーズのスピンオフドラマ『マンダロリアン』を見ることに。
 
すると、こちらはあらゆる海外ドラマの中でもトップクラスの完成度で、完全にドハマリしました。
 

 
ハッキリ言ってSWの本編なんて遙かに凌駕するほど面白く、夢中でシーズン1を完走。その後は、連続で見るとダレるかもと危惧し、同じくSWのスピンオフ『ボバ・フェット』を見ましたが、これが大失敗でした。
 
話の時系列が『マンダロリアン』のシーズン2以降なので、『ボバ・フェット』を先に見てしまうと、マンダロリアンのシーズン2の内容がネタバレします。
 
視聴の順番で若干トラブったものの『ボバ・フェット』は『マンダロリアン』よりもさらに面白く、個人的にコチラのほうが好きです。
 

 
わざわざ、ボバのシンボルだったアーマーを剥ぎ取りボバ・フェットという存在を一度抹殺し、改めて裸一つから精神と肉体を鍛え直され戦士として再誕する過程をじっくり描くという、十分な尺を確保できるドラマだからこその手法を選ぶ判断が大変素晴らしく、『マンダロリアン』より断然『ボバ・フェット』がツボでした。
 

『ボバ・フェット』は最終話で不覚にも号泣しました。SWで泣いたのは初めてです

 
両作品に共通する特徴は、自分のようにSWシリーズに興味がない人間を映像作品としての完成度や脚本の丁寧さだけでねじ伏せてくる、スピンオフとしてお手本のような姿勢です。
 
例え本編のキャラクターや設定を流用しても、本編の思い出だけを頼りとせず、ドラマ版の中でキチンと魅力を描き直してくれるため、知らない設定や人物が登場してもノイズになりません。
 
ダメなスピンオフ作品が本編の設定やキャラクターに依存して、本編を知っている前提(もしくは好き前提)のものを作るのに対し、『マンダロリアン』や『ボバ・フェット』はSWブランドに甘えず、本編と同等の傑作を作ってやるという意気込みなので安心して視聴できます。
 

『ブラック・ウィドウ』や『シャン・チー』のような駄作は、アベンジャーズシリーズの一作でなかったら誰も見ないし何の話題にもならないと思います

 
同じSWのスピンオフでもSWファンだけをターゲットに作っている『ローグ・ワン』や『ハン・ソロ』はただの本編の補完でしかなくクソつまらなかったので、まさかドラマ版で映画を凌駕してくるとは嬉しい誤算でした。
 

余談ですが、『マンダロリアン』をぶっ続けで見たら、脳がPS5のフォルムをマンダロリアンのヘルメットとして認識するようになりました

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最初はディズニープラスに加入したことを全力で後悔しましたが、『マンダロリアン』と『ボバ・フェット』という大傑作に出会うことができ、結果的には大満足でした。
 

間違いなくこの二作品を見るためだけに月額990円を払っても損はありません

小説 4冊

 
・『宇喜多の捨て嫁』 著者:木下昌輝
 

 
娘が嫁いだ先の家を滅ぼすなど、数々の悪行で歴史に名を残す戦国武将・宇喜多うきた直家なおいえが、なぜそのような蛮行に及んだのか、その真意がミステリー形式の連作短篇で明かされていく歴史小説です。
 
作者のデビュー作ながら話の構成力がベテランの域に達しており、直木賞の候補作になるのも頷けるほどの完成度でした。
 
ただ、悪役がいかにもすぎてやや記号的に見える点や、誰にも心境を打ち明けられず孤独を抱える直家の心情描写が物足りない点など、不満もそこそこあり、傑作にはもう一歩というところです。
 

 
・『信長、天を堕とす』 著者:木下昌輝
 
・『信長、天が誅する』 著者:天野純希
 

 

 
文芸雑誌である小説幻冬が企画した“信長プロジェクト”という、二人の作家が信長と、信長に敵対した者たちの視点を別々に担当して書かれた歴史小説です。
 
両作品とも別々の短篇集として読めばそこそこ楽しい反面“信長プロジェクト”という企画として見た場合は失敗とも成功とも呼べない微妙な出来でしかありません。
 

 
・『不死鬼 源平妖乱』 著者:武内涼
 

 
源平妖乱シリーズの一作目で、平安末期の京の都を舞台に、都を支配する平家と、公家の中に潜み権力を握る血吸い鬼(吸血鬼)、歴史の裏で鬼を狩ってきた集団影御先かげみさきと行動を共にする静御前や源義経ら、多数の勢力が入り乱れる伝奇アクション小説です。
 
この作品は、今月読んだ小説の中ではダントツの面白さで夢中になって読み耽りました。
 

ちなみにこの小説はキンドル版が無く紙の本で読みましたが、過去に読んだ小説の記録を調べると紙で小説を読むのは8ヶ月ぶりでした

 
伝奇小説らしい妖しく耽美な文章に、前半でテキパキと主要人物の背負う過去を語り感情移入させると、中盤以降は今度はアクション主体の展開でグイグイと引っ張っていくリズム感は病み付きになり、シリーズものが苦手な自分でも続編が読みたくほど惹き込まれました。
 

書籍 2冊

 
・『がんばらない戦略 99%のムダな努力を捨てて、大切な1%に集中する方法』 著者:川下和彦 たむらようこ
 

 
目標達成のためには日々の行動を習慣化させるべきという内容のビジネス書(というか自己啓発本)です。
 
“アリとキリギリス”の寓話のように、ガンバール国とガンバラン王国という二つの国の生活習慣を物語形式で比較することで、いかに人間は毎日ムダな努力ばかりしているのかを浮き彫りにするというコンセプトとなっています。
 
物語形式なので非常に読みやすいものの、大人が読むには若干恥ずかしいほど幼稚な話で、正直これは無いなという出来でした。
 
書いてあることはビジネス書としては初歩中の初歩である、根性で何かをしようとしても三日坊主で長続きはせず、歯磨きやシャワーを浴びるようにそれをしないと気持ち悪いと思うくらい特定の行動を習慣化し、毎日ルーティンとしてこなすことで無理せず自分の能力を伸ばすべきという習慣化メソッドの紹介です。
 
書いてあることはどれも間違っていないものの、ビジネス書としては内容があまりにも稚拙ちせつ過ぎるため、いい年した大人が読むような本ではありません。
 

このガンバール国とガンバラン王国という寓話のターゲットは何歳児なのでしょうか? どちらかというと絵本向けだと思います

 
・『見るレッスン -映画史特別講義-』 著者:蓮實重彦
 

 
フランス文学の研究者であり、映画評論家でもある著者が、映画史の中で重要な映画や監督、様々な映画ムーブメントについて語る新書です。
 
と、言っても中身はいつもの蓮實さんの映画評と大して変わらず、ひたすら自分の好きな映画や監督、カメラマン、俳優を褒め称え、嫌いな映画をボロカスにこき下ろすといった内容で、タイトルと中身が完全に乖離しています。
 

どこが映画史の講義なのかはさっぱり分かりませんでした

 
それに、蓮實さんの本にしてはやたら文章がヘタですが、最後まで読むとインタビューを本にまとめたものらしく、そのせいで蓮實節が若干切れ味を欠いています。
 
それでも、相変わらず映画に対する情熱と愛が垂れ流しで、蓮實さんの純粋無垢に映画が好きという感情に触れていると自分は一体何が好きなのか真剣に考えさせられる一冊でした。
 
冒頭で「蓮實の言うことなど気にせず、自分が共感できる映画を見つけて欲しい」と書いているのに、途中から溝口健二や小津安二郎の映画を見ていない日本人は反日の非国民だと言い出すくだりや、「日本映画は第三期の黄金時代に差し掛かった」と発言したものの、その場のノリで適当に三期と言っただけで一期や二期などないが、一期や二期がなかったとしても今はとにかく黄金時代で第三期なのですと繰り返すくだりは爆笑でした。
 
これ以外も全編映画愛が暴走し過ぎて声を出して笑うことが何度もあり、映画史の話というか、蓮實重彦の映画鑑賞史として楽しめます。
 
蓮實さんが自分の“好き”を赤裸々に語ることで、読者の好きを引き出すような仕掛けとなっており、読んでいて非常に幸福な気分となりました。
 
ここ最近、再び映画を見るようになり、初心に返ろうと自分の映画美意識を構築する上で最も影響を受けた映画評論家である蓮實さんの本をよく読み返していますが、なんと以前より格段に蓮實さんの話が頭ではなく感覚で理解できるようになっており驚きます。
 
なぜそうなったかというと、文学作品に触れる機会が増えたためだと思います。
 
文学を読んでいる最中に出会う、その人が秘していた感情が解放され想いがほとばしる瞬間のゾクゾクする興奮や、活字によってもたらされる甘美な倒錯感は、流れるような映像の中で神がかったショットがふいに目に飛び込んできた際に体中にじわぁと広がる静かな喜びや、画面の構図と役者の演技と編集のリズム感が合致し自分が見ている何気ない映像が映画的な何かに変質する瞬間の胸の高鳴りと、どこか似ています。
 

文学と映画は、作品と触れている際にふいに押される感情スイッチの位置が近い気がしてなりません

 
そういえば蓮實さんも元々映像の専門家ではなくフランス文学者だと気付き、文学を経由して映画を見ると蓮實さん的な目に近づくのかもという仮説が生まれました。
 
元々文学に精通し文字を自在に操る言葉巧者の蓮實さんだからこそ、映像をより深く言語化できる素養が備わっているのかもしれないと思うと、映画のみを見続けるのではなく、一端文学に傾倒してから映像に向き合うのもそれはそれでいいのかもしれないという気分になり、少し心が軽くなりました。
 
ここ数年、映画を見なくなったことで蓮實さんから遠ざかっていたと思ったらむしろ近付いていたような奇妙な感覚が面白く、最近は蓮實さんがオススメしている映画を片っ端から見まくることが日課となっています。
 

蓮實さん激推しの濱口竜介監督の『寝ても覚めても』は最高でした。蓮實さんがオススメする映画にはほぼハズレがないため、映画を見るのが楽しくて仕方がありません

 
ただ、ブランクが長いせいで映画用語や古典映画の内容をほぼ全て忘れており、やはりもう一度基礎から映画知識を叩き直さないといけないという危機感も持ちました。
 

最後に

 
今月はロシアのウクライナ侵攻の情報を毎日チェックし、ディズニープラスの期限が切れる前に見るべきものを見尽くしてしまおうと映画やドラマを大量に視聴し続けた結果あまり読書が捗りませんでした。
 
蓮實重彦さんのオススメする映画がどれもこれも楽しすぎるため、来月も映画ばかり見続けると思います。
 
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