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月刊ミニ・ブックレビュー #07 2021年3月号

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はじめに

 
 今回のミニ・ブックレビューは2021年3月に読破した本をブログでのレビュー記事あり・なし問わず紹介します。
 
 最近は、レビュー記事を書く際に質を無視して早さのみを重視するようになり、その結果記事をアップした瞬間からもう内容が気に入らずリライトを始め、結局余計に時間が掛かるということが常態化しています。
 
 これは長くブログをやっていると、記事の細部に時間や手間を掛けたからといってPV数に何ら影響がないことに気付いてしまい、昔は当たり前にやっていた全ての記事を徹底して推敲することが億劫になるためです。
 
 この、こだわりが結果に結びつかず、最初は当然のこととして行っていた工夫が徐々に減っていくという状態は小説を読んでいても度々見かけることがあります。プロの作家としてデビューし、しばらくの間はがむしゃらに一行一行魂を込めて書かれていた文章が、作品を重ねるごとに大雑把になっていき、やはりプロですら最もやる気と体力があった時代の水準を維持し続けるのは困難なのだと痛感させられます。
 
 ブログを長くやっていると、このようなプロの作家の気持ちの浮き沈みやモチベーションの上がり下がりが自分の現状と重なって身近に感じる瞬間があり、これだけでもブログを継続してきて良かったと思えるほどです。
 

小説 5冊

 
・『妖都』 著者:津原泰水
 
 
 インディーズバンドのカリスマボーカリストが自殺した事件をキッカケに、東京に死者が溢れ出し徐々に世界が別の何かに変容していく様を体験する幻想文学です。
 
 性格がねじくれた複数の人物の視点を介し、輪郭がぼんやりとした現象を遠巻きに眺めるだけという、事件の核心に触れられそうで触れることができない物語とのもどかしい距離感にゾクゾクさせられる怪作でした。
 
 この小説はなんの掴み所もない抽象的な内容なので、どんな切り口でレビューを書けばいいのか思い浮かばず、2・3日悩んでも一文字も書けなかったことが何よりも記憶に残っています
 
 映像作品やゲームならまだビジュアルがあったり音楽があったり、メカニクスがあったりと何かしら取っかかりがあるのに、抽象的な小説の場合は表面がツルツルでどこからも手のつけようがなく苦労しました。
 

抽象的な小説のレビューはただの拷問です

 
 
・『機巧のイヴ』 著者:乾緑郎
 
 
 天府てんぷという架空の江戸時代風の町を舞台に、カラクリで動く機巧人形オートマタと人間が織り成す不可思議な話を描く連作短編です。
 
 この小説は、架空の江戸風の町や、天帝家と将軍家の権力争い、隠密同士の諜報戦など、作者の好みの設定だけを凝縮して詰め込んでいるため一つ一つの設定が活き活きとし、読んでいて非常に楽しく幸福な気分に包まれる大傑作でした。
 
 一応続編もありますが、そちらは一作目からは趣が変わり、日本が過去に犯した過ちを振り返ることが主要テーマとなっており、ほとんど一作目とは別物になっています。
 
 
・『機巧のイヴ -新世界覚醒篇-』 著者:乾緑郎
 
 
 舞台を天府から北アメリカ大陸をモデルにした新世界大陸に移し、機巧人形を巡る妖しい奇譚から、元軍事スパイが過去に犯した戦争犯罪を悔いるシリアスな方向性へと変化したシリーズ二作目です。
 
 前作の機巧人形はそのまま登場するものの、硬派な時代小説風から探偵小説風にスタイルが変わったせいで、一作目に比べると別作品と化したような違和感もあり、諸手を挙げて傑作とは言い難い続編でした。
 
 
・『機巧のイヴ -帝都浪漫篇-』 著者:乾緑郎
 
 
 舞台を再び天府へと戻す前半部と、満州をモデルとした如洲にょしゅうへと移動する後半部と、初めて前後で舞台が変わるシリーズ三作目です。
 
 一作目が江戸時代風、二作目は明治時代風、そして三作目の今作は大正時代をモチーフにした世界となっており、関東大震災の際に起きた外国人への虐殺や、日本軍の憲兵による社会主義者への拷問・殺人など、二作目よりさらに日本の負の歴史に踏み込むため、シリーズの中でも最もシリアスな内容です。
 
 二作目以降の機巧人形を負の歴史の目撃者とするアイデアが今作ではうまくハマっており、やや物足りなかった前作に比べ満足のいく出来でした。
 
 
・『完全なる首長竜の日』 著者:乾緑郎
 
 
 センシングという昏睡状態の患者と意思疎通が可能な架空の医療技術を用いて、主人公である姉が弟の起こした謎の自殺未遂の真相を追うサスペンスミステリーです。
 
 胡蝶の夢をモチーフとする次第に夢と現実の境界が壊れていくというありきたりなコンセプトの作品ながら、苦労して積み上げたリアリティを躊躇せず崩してしまう大胆さにしてやられ、本当に夢と現実が区別が付かない倒錯感に酔えます。
 
 今月は作家の乾緑郎さんに大ハマりし『機巧のイヴ』シリーズを速攻で読み終え、今度は映画版を視聴済みの本作にも手を出しました。四冊をぶっ続けで読んでも面白すぎて熱が冷めず、当分は乾緑郎小説に浸り続けたいと思います。
 

四冊と言っても先月読んだ『村上海賊の娘』一作分の量ですけどね。改めて前月は小説を二作品しか読んでいないのに読んだページ数だと今月を軽く上回る厄介な月でした

 

書籍 4冊

 
・『新型コロナ 7つの謎』 著者:宮坂昌之
 
 
 免疫学者の著者が、新型コロナウイルスについて基礎的な知識を広く解説してくれるブルーバックスの科学本です。一応初心者向けという体で書かれてはいるものの、中身はブルーバックスらしい容赦のない難解さでした。
 
 PCR検査とはどのようなものなのか? なぜ新型コロナは感染初期に症状が表に出ない潜伏期間が長く感染が広がりやすいのか? そして感染しても軽症で済む患者と、集中治療室での治療を余儀なくされるほど重症化する患者に別れる違いはなんなのか? など、新型コロナと他のウイルスとの違いを専門的な知識を交えて丁寧に解説してくれるため新型コロナに対して理解が深まります。
 
 新型コロナに対し免疫学の光を当てる大変優れた一冊でした。
 
 
・『僕らはそれに抵抗できない』 著者:アダム・オルター 訳:上原裕美子
 
 
 この本は、アメリカの行動経済学の専門家が、依存症ビジネスの恐ろしさを警告するという内容です。スマホを中心としたスマートデバイスや、SNS、ソーシャルゲームやオンラインゲームなど、依存症になりやすいビジネスを仕掛ける側は、その恐ろしさを重々承知した上であえて危険性から目を逸らし、依存度の高い物やサービスを提供しているという恐ろしい事が書かれています。
 
 身の回りにあるサービスや製品がどれだけ依存度を高めるための工夫の結晶なのか、そもそも依存症とは環境が作るものであるといった刺激的な話が多く、面白すぎてつい一気読みしてしまいました。
 
 
・『子どもに聞かれてきちんと答えられる 池上彰のいつものニュースがすごくよくわかる本』 著者:池上彰
 
 
 ジャーナリストの池上彰さんが、政治・経済・国際情勢(本が書かれた2018年当時の話題)を子どもにも分かりやすい形で噛み砕く時事問題解説本です。
 
 官僚の公文書偽造問題をはじめ、全体的に日本の政治腐敗に関する話題が多めで、時事問題の解説としては要点がシンプルにまとまっており理解しやすい内容でした。
 
 ただ、本当に子供向けの初歩中の初歩の解説のみで大人が読んで深い教養が得られるようなものではありません。
 

これほど子供向けに優しく書かれているのに日本の政治腐敗が完璧に理解できてしまうのはもはや問題が隠れてすらおらず誰の目にも明かなことの証左ですね

 
 
・『教養としてのアート 投資としてのアート』 著者:徳光健治
 
 
 世界中でアートに対する投資熱が高まっている中で、なぜか日本人は諸外国に比べアートを投資対象として捉えておらず、このままでは日本のプロアーティストたちがアートで食べていけなくなるという現状に警鐘を鳴らす内容です。
 
 この本は、読む前は芸術を投資の対象にするなんてけしからんと怒りすら覚えていたのに、いざ読むと自分の認識が浅はかだったと反省させられます。日本全体でアートを日常的に購入するという習慣を持たないと、アーティストがアートで食べていけず、プロのアーティストが育つ土壌が出来ないというごく当たり前の結論に達し、なぜ自分はそんな初歩的なことを理解していなかったのか恥ずかしくなりました。
 
 日本人は漫画・アニメ・ゲーム・アイドルといったサブカルばかりにお金を費やし、アートには誰も見向きもしなくなりこのままでは日本のアート市場が育たないという話に危機感を覚えます。
 
 本の前半は日本人のアートに対する関心の薄さを嘆く内容で、ここは得る物が多くありました。しかし、中盤以降は自分の感性に訴えてくるアートを買うのは素人で、プロは自分の好みは無視して後々値段が上がりそうな現代アートを投資対象として買うという話が始まり、やはり読み終えると納得半分、怒り半分くらいに落ち着きます。
 
 この本は、書いている主張がところどころ矛盾しており、たとえ購入したアートの値が思うように上がらなかったとしても自宅でそのままアートとして楽しめばいいと言ったり、自分の感性に訴えてくるアートや、自宅に飾りたいと思うアートを買うのは素人だと言ったり、どっちなんだよとツッコミたくなることが多々ありました。
 
 途中から日本のアーティストたちの未来を嘆く内容から、どうやったらアートで賢く金を儲けるかというほぼビジネスライクの話になり、途端に嫌悪しか抱かなくなります。
 

将来値が上がる可能性が低いアーティストの作品はどんなに自分が良いと思っても価値がないから買っても無駄とか結局この作者は日本人にアートに興味を持って欲しいのかどうかイマイチ分かりません。それにダーウィンの進化論の意味を完全に間違えています

 

最後に

 
 今月は小説とそれ以外の書籍をそこそこバランス良く読め、しかも好きな作家や傑作小説に出会えた非常に読書が充実した月でした。
 
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