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【ビジネス書】リーダビリティ(読みやすさ)というプロ意識 |『エンタテインメントの作り方 売れる小説はこう書く』| 貴志祐介 | 書評 レビュー 感想

本の情報
著者 貴志祐介
発売日 2015年8月26日
難易度 普通
オススメ度
ページ数 約240ページ

本の概要

 
この本は『黒い家』や『天使の囀り』、『青の炎』や『防犯探偵榎本シリーズ』、『新世界より』や『悪の教典』といった傑作小説を数多く執筆する作家貴志祐介が、自作をテキストとしエンターテインメント小説の書き方をレクチャーする一冊です。
 
貴志祐介さんがエンタメ小説を書く際のこだわりを学ぶことが出来るのと同時に、過去の傑作の数々がどのようにアイデアを固めていったのか詳細に書かれており、これを読むことで貴志祐介作品への理解度が大幅に増す一挙両得の内容でした。
 

貴志祐介作品の面白さの秘密が分かる一冊

 

この本を読もうと思ったキッカケは単純で、目次に“『新世界より』の舞台が1000年後の日本だった理由”という項目があり、『新世界より』のメイキング的な話が読めるかもと期待したためです。
 
『新世界より』は自分の中の非常に発見が困難な場所にあったSFのツボをピンポイントで刺激してくれた作品でした。そのため、これを知る前と後でSFの好みがガラッと変わってしまったほどです。それは主題などの目を引くような箇所より、どちらかと言うとサスペンス的な違和感の散りばめ方やリアリティの構築方法といった目立たない礎石そせきの部分です。
 
『新世界より』を読んだ際、まず最初に心を奪われたのはカヤノスヅクリという1000年後の日本に生息する架空のヘビの緻密なディテールと、そのヘビ一匹の生態から1000年後の生物が歪な進化を遂げた様をさり気なく想像させる手並みの鮮やかさでした。
 
このような素晴らしいアイデアがどのように浮かぶのか知りたいと思い本を手に取りました。
 

ただその部分は読んでみるとオマケ程度のボリュームでした。むしろ『新世界より』に関しては『極悪鳥になる夢を見る』というエッセイ集のほうが多く触れられているくらいです

 
それに、昔『マルドゥック・スクランブル』にドハマリした際に読んだ『[冲方式]ストーリー創作塾』という、冲方丁さんが自作のSF小説やアニメ『蒼穹のファフナー』・ゲーム『カオスレギオン』のシナリオをテキストとし、アイデアの作り方をレクチャーするという本が非常に面白かったため、あれと似たようなタイプの本なのではないかと思ったこともあります。
 
作家のアイデアの発想法やそれを踏まえた作者自身による自作の解説は並の小説に勝るほど読み応えがあり大好きです。この本も貴志祐介流の面白いアイデアの出し方や育て方を指南するような内容ではありますが、それよりも本作を読んでいて一番伝わってきたのは貴志さんのエンタメ小説を書く際の姿勢の良さでした。
 
リーダビリティ(読みやすさ)を何よりも重視し、作者の自己満足や独りよがりは全否定。読者を飽きさせてはいけない。読者を無用に混乱させてはいけない。最近の若い世代が読書離れ気味で本を読む体力が落ちているならそれに合わせ、読みやすくする努力をする。編集者や第三者の批判や意見も作品を良くするのに効果的なら耳を傾けるべき、と内容はしごく基本的なことながらその徹底ぶりが凄く、逆に一貫し過ぎているため同じような発言を何度も繰り返しているようにすら見えます。
 
まえがきに出てくる、
 
“京都三條の糸屋の娘、姉は十六妹は十四 諸国大名は弓矢で殺す、糸屋の娘は目で殺す”
 
というキレイにまとまっているだけの詩が、読者の想像力を刺激しない自己満足すぎる内容で大嫌いという話が延々続き、最初はなぜそこまで嫌うのか理解できませんでした。
 
しかし、読み進めるとこの本の趣旨がここに集約されていることが分かります。
 
これほどまでに自己満足や自己陶酔に厳しく、リーダビリティ(読みやすさ)を高め雑音を排除することに余念がなく、読者を物語に没入させることで、楽しませ驚かせそして何よりも深く考えさせることに全力を尽くす姿勢が過去の傑作小説の中毒性の元なのだと分かり、より貴志祐介作品が好きになりました。
 

最後に

 
『新世界より』について多少こぼれ話のようなものが読めたらいいな程度の軽い気持ちで読み始めたら、貴志祐介さんの徹底した読者目線を貫くプロ意識に触れられ、また『新世界より』を読み直したくなりました。
 

貴志祐介作品

 
 

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