トレーラー
評価:90/100
公開日(日本) | 2017年5月5日 |
上映時間 | 88分 |
映画の概要
この作品は、アメリカを目指すメキシコ人の不法移民者たちがメキシコ移民を敵視する暴力的なアメリカ人に人間狩りの的にされるというサスペンス映画です。
ヒューマンハントのターゲットにされ逃げ惑うというややジャンル映画的なストーリーから想像されるものとはかけ離れた風格漂う映画で、ここまで傑作だとは想像できませんでした。
特に、アイデアと工夫だけで砂漠や岩山という地味なロケーションに映画の匂いを充満させてしまう手腕が見事で、スリラーとしては一級の完成度です。
しかし、良くも悪くもムダを削りシンプルに徹し過ぎたせいで、サスペンス映画にしては刺激が足りないという不満も残ります。
アメリカ・メキシコ国境を舞台とする小規模『アポカリプト』
この映画は冒頭シーンからいきなり秀逸で、一発で映画に惹き込まれました。日の出をバックに画面中央を小粒サイズのトラックが横切る「これぞ映画!」という、大自然と人間のちっぽけさを対比させるような構図で心を鷲掴みにされます。
本作は、映画のタイトル(原題:DESIERTO)が始まりと終わり(砂漠の入り口と出口)にほぼ同じスタイルで繰り返し表示されるという珍しい作りで、まるで冒頭で見る者に視覚的な暗示をかけ映画の世界に没頭させ、最後は現実へ帰すため暗示を解く仕掛けのようにも見えます。
映画的な隙の無い風景の切り取り方や、車を走らせる際の映画的としか言い様のない絶妙な速度、カメラの距離感のセンスと、全ての技術が一級で、正直映画として良く出来過ぎているせいで若干サスペンス的な緊張感を削いでしまっているとすら思えます。
襲撃者が発砲するシーンが画的に納まりが良すぎてまったく怖く見えません
そのためスリラーとして十分面白いは面白いものの、得体の知れない相手に人間狩りのターゲットにされるという話に必要な身の毛がよだつほどの絶望や恐怖を感じるかと言われるとわりと淡々とした印象で、やや物足りなくもあります。
それ以外も、襲撃者がライフルをやたら滅多に連射してしまうことで早くから見る側が銃撃に慣れ耐性が付いてしまうという問題や、終始一方的に逃げ続けるだけで相手に反撃しようとして返り討ちに遭い恐怖が加速するとか、タイムリミットがあって急かされるなど、シナリオ的なメリハリもなく、ここら辺はもう少し工夫が欲しかったところです。
特に、砂漠が舞台なので単純に飲み水が減っていくという部分を強調すればそれだけで緊張感を出せたのに、そうしなかった理由がよく分かりません。
ただ、多少の刺激不足は否めないものの、ほとんど全カットと言っていいほど丹念に画面設計が行き届いているため映像作品としての安定性はジャンル映画とは思えないほど高水準で見応えがあります。
罰が当たったガエル・ガルシア・ベルナル
この作品はムダを排し切っているため、主要キャストは数人ほどで、その中でも存在感があるのは主役と不法移民者を狩る襲撃者の二人(それと襲撃者が連れ歩く犬)のみでした。
襲撃者役のジェフリー・ディーン・モーガンは見覚えがある顔だなと思ったらアメリカドラマ『ウォーキング・デッド』のニーガンで、いつもバットで人間やウォーカーを滅多打ちにして殺しているのが、単にライフルでメキシコ移民を射殺するだけなので、正直存在感としては『ウォーキング・デッド』の濃さには及びません。
メッセージ性を盛り込もうとしたため、メキシコ移民を敵視する排他的な貧しいアメリカ人という行動動機がすこぶる単純極まりない設定となってしまい、ニーガンのほうが何を考えているのか分からない分遥かにミステリアスで怖いです。
主役のガエル・ガルシア・ベルナルは同じメキシコ人監督であるアレハンドロ・イニャリトゥ監督の映画を見ていると本作の印象がかなり変わります。
イニャリトゥ監督のデビュー作である『アモーレス・ぺロス(スペイン語で犬のような愛)』では飼い犬を他の犬と殺し合わせる賭け闘犬で荒稼ぎする考えなしの若者役。
『バベル』では親戚の叔母さんをアメリカとメキシコ国境の近くに置き去りにして逃げる無責任な若者と、まるで本作はこれら過去作でやってきた行いを踏まえて作っているようにすら見えました(犬に殺されかけたり、国境で死にかけたりと、過去作での酷い行いに対して罰が当たっているようにも見えます)。
人間の役者だけでなく、同じメキシコ映画で迫力ある闘犬シーンが特徴的だった『アモーレス・ぺロス』同様、ジェフリー・ディーン・モーガンが連れ歩く猟犬への演技指導も素晴らしく、ほとんど犬の立ち振る舞いの堂々さは役者と言っていいほどでした。
正直『アモーレス・ぺロス』もガエル・ガルシア・ベルナルはじめとした人間の役者よりも犬の演技の細やかさの方が印象に残っているくらいで、本作を見ると相変わらずメキシコ映画の犬への演技指導の徹底ぶりに感心させられます。
最後に
舞台である砂漠と同様、映画の空気もやや乾燥気味でスリラーとしてはやや刺激不足でした。
それでも、終始映画の匂いが漂う映像は絶品で、メキシコ映画の実力がこれでもかと堪能できます。
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