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【洋画】映画史上最も美しい戦場を駆ける |『1917 -命をかけた伝令-』| レビュー 感想 評価

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トレーラー

評価:100/100
作品情報
公開日(日本) 2020年2月14日
上映時間 119分

映画の概要

 
この作品は、第一次世界大戦が勃発する1917年の西部戦線を舞台に、イギリス軍の兵士二人が敵国であるドイツ軍の罠から味方を救うべく攻撃中止の伝令をたずさえ両軍がぶつかる危険地帯をひたすら前線に向かって進み続けるという戦争映画です。
 
本作の最大の特徴は戦争の悲惨さを訴える映画ではなく、ほとんど寓話と言っていいほど第一次世界大戦の戦場を幻想的に描く徹底した映像へのこだわりです。
 
全編タルコフスキー映画(特に『ストーカー』)のような美しい構図が徹底されており、戦争の恐ろしさより戦場の美しさのほうが勝ります
 
数ある戦争映画の中でも映像へのこだわりは突出しており、戦争映画という枠を超えて視覚に訴えてくる大傑作中の大傑作!!
 

戦争の悲惨さを掻き消すほど幻想的な戦場

 
この映画最大の魅力は、天才的な映像センスの持ち主であるサム・メンデスと撮影監督のロジャー・ディーキンスコンビの本領が発揮された映画としての格調高さです。
 
こだわり抜いた映像美は、映画監督として技量が頼りないクリストファー・ノーランの『ダンケルク』とはケタ違いで、『ジャーヘッド』や『007』シリーズでもトップの映像美を誇っていた『007 スカイフォール』と併せると、この二人の才能は本物中の本物だと実力だけで納得させてくれます。
 
この映画は(擬似的な)ワンカット長回し方式で作られていますが、自分は巧みな編集によってショットが唐突にぶつ切りになり場面が飛ぶことに官能的な興奮を覚えるため、ハッキリ言ってダラダラしているだけのワンカットの長回しが大嫌いです。
 
そのため、見る前は正直あまり期待していませんでした(同じサム・メンデス作品でも『007 スカイフォール』は編集が素晴らしすぎます)。
 
しかし、実際にこの映画を見るとよくあるただ緊張感を出すためだけにワンカットにしただけの下品な長回しとは異なり、タルコフスキー映画のごとく絵画の世界に迷い込むような画面の構図への美意識が貫かれ、長回し嫌いのショット主義者でも十分鑑賞に耐えるほどの出来です。
 

凡人が長回しをしてもヘタクソで、才能ある人が長回しで撮ったら上手いというただそれだけの話ですね

 
視界が開けた大地とそれを遮る遮蔽物の配置や遠景で映り込む風景のバランス感覚、ドイツ軍が様々な物を破壊しながら撤退した後という、戦場とは思えないほど人気ひとけがなく閑散としたどこか終末世界のおもむきすら漂うデカダンな雰囲気と、現実と非現実が入り交じるような光景は戦争映画のイメージとしては斬新で瞬時に魅了されました。
 
やや弛緩しかん気味の長回しも、本作においてはいつ遭遇するか定かではないドイツ軍への警戒を促す効果を発揮し、長ったらしさもそれほど苦にはなりませんでした。
 
ただ、戦場があまりに現実離れして美しすぎるせいで、硝煙や血、死体の匂いが漂ってこず、現実の悲惨極まりない出来事である第一次世界大戦を題材とする映画としてはどうなんだろうという疑問も残ります。
 

映像を補助する手堅い脚本

 
初回時は関心が映像にしか向きませんでしたが、二回目の視聴で際立って見えるのは手堅い脚本の効能です。
 
その場にいるような臨場感を出すのは得意でも、カットバックなどの編集テクニックが使えず説明には一切向かない長回しという手法の弱点を完璧にカバーするような脚本となっており、これは長回し嫌いの人間でも難なく映画に入り込める要因の一つだと思います。
 
さり気なく目の前に広がる光景の話題に触れることで状況の説明を行うと同時に、そこから自然に登場人物の家族構成や想い出話に入り、それほど時間を掛けず登場人物に思い入れを持たせる役割も果たして無駄が一切ありません。
 
それ以外も、両軍がぶつかる危険地帯に入る前に怪我人を何度も画面に映すことで見る者に戦場へ踏み込む心構えをさせたり、無残に切り倒された桜の木が不吉な未来を予感させたり、道を塞ぐ木を避けようとして車が泥にハマる前に将校が道を塞ぐ木へ悪態をつくのを見せイギリス軍兵士が心を一つにする流れを自然に見せたり、序盤に登場した死を連想させる桜を終盤もう一度違う意味合いで再登場させ相棒の家族を救うためやる気を奮い起こす展開に言葉を用いず説得力を出すなど、複数回見ることで全体的にシーンを強化するような脚本の配慮が徹底されていることに気付けました。
 
多分、ワンカット長回しだけこだわって脚本がおざなりだったらここまで本作を好きになれなかったと思うので、映像と脚本はこの映画を支える両輪だと思います。
 

最後に

 
戦争の恐ろしさや虚しさを訴える映画としてではなく、絵画的に美しい映像を体験する映画だと思って見たほうがいいくらい、近年の映画の中では抜きんでた映像の手応えでした。
 
正直、ワンカット長回し手法のせいで、次の場面に移るまでの移動シーンがダラダラ長く、二回目以降はどうしても飛ばしたくなるシーンが多いという不満は残ります。
 
それでも、よくこんな死と隣り合わせである戦場の臨場感と、タルコフスキー映画のような映像の美しさを両立させる化け物みたいな映画を撮ったなという感動が勝り、自分の生涯ベスト級映画になりました。
 
 
 
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