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紙の束が歴史を変える 『世界を変えた10冊の本』 著者:池上彰 〈書評・レビュー・感想〉

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本の情報
著者 池上彰
出版日 2011年8月9日

本の概要

 
 この本は、ジャーナリストであり、無類の読書マニアでもある池上彰さんが、宗教・政治・経済・環境・科学といった多岐に渡るジャンルの中から、世界中に強い影響を与えた本を選りすぐって紹介するという内容です。
 
 紹介される10冊の本は以下の通りです。
 
1.『アンネの日記』 著者:アンネ・フランク
2.『聖書』 
3.『コーラン』
4.『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 著者:マックス・ウェーバー
5.『資本論』 著者:カール・マルクス
6.『イスラーム原理主義の「道しるべ」』 著者:サイイド・クトゥブ
7.『沈黙の春』 著者:レイチェル・カーソン
8.『種の起源』 著者:チャールズ・ダーウィン
9.『雇用、利子および貨幣の一般理論』 著者:ジョン・M・ケインズ
10.『資本主義と自由』 著者:ミルトン・フリードマン
 
 
 どの本も現代の国際情勢や各国の経済政策を理解する際に役立つものばかりです。それに選書が適切なおかげで、たった本一冊がいかに世界の在り方を善い方にも悪い方にも一変させてしまう力があるのか理解しやすく、本が秘める可能性恐ろしさを同時に学べます。
 
 これまで池上さんのニュース解説系の本や、リベラルアーツ(一般教養)系の本は何十冊も読んでいますが、間違いなく過去の著作の中でもベストと言っていいほどバランスの優れた良著でした。
 

本の凄さ、怖さが同時に分かる一冊

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 この本は、現代の政治や経済問題を理解する際にサブテキストとして有用な古典の本を10冊選りすぐって紹介します。元は2010~2011年まで雑誌で連載された記事ですが、紹介される本は未だにドンピシャと言ってもいいほど国際情勢の核心を突くものばかりで特に古さは感じませんでした。
 

それどころか、10年以上前から存在する国際問題がより深刻化の一途を辿っていることが分かります

 
 池上さんはジャーナリスト以前にそもそも本を読むのが生き甲斐の読書マニアなため選書が適切で、どの本も書かれた当時と現代の国際情勢がスムーズに繋がり、最後まで読むことでなぜこの一冊が選ばれたのかという理由がストンと腑に落ちます。
 
 ユダヤ人の少女アンネが、ナチス・ドイツのホロコーストの最中に書いた『アンネの日記』からのイスラエルのパレスチナ人虐殺への着地。
 
 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、禁欲的なはずのキリスト教プロテスタントの国であるアメリカから、なぜサブプライムローン問題に端を発するリーマン・ショックという特大の資本主義の暴走が引き起こされるのかという解説。
 
 同じく『種の起源』から都合の良いダーウィニズムだけ抜き出し経済へと当てはめることで弱肉強食の世の中を肯定し資本主義を暴走させるウォール街的な価値観と、『聖書』原理主義という立場を取り、進化論を否定するキリスト教原理主義者たちと、ダーウィンの理論が南北で真逆に振れるアメリカの問題へ。
 
 『コーラン』に忠実で穏やかなはずのイスラム教から、『イスラーム原理主義の「道しるべ」』という、アルカイダの指導者だったウサマ・ビン・ラディンの愛読書でもあった本をキッカケとしイスラム過激派が誕生。その後どのように急拡大していったのかという現在の中東問題へと至る経緯の解説。
 
 フリードマンの『資本主義と自由』で小泉政権やブッシュ政権が推し進めた新自由主義(ネオリベラリズム)という金持ちがより儲かるために行う経済政策の背景を説明し、同時にケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』でオバマ政権が掲げた弱者救済のための経済政策を解説し両者を比較する、などなど。
 
 一冊一冊ごとにバラバラな話を語るのではなく、全ての本が互いに裏表の関係や補完関係となるよう巧みに構成されており無駄がありませんでした。
 
 紹介されるのはどれもこれも有名な本ばかりですが、中にはイスラム過激派に多大な影響を与えた『イスラーム原理主義の「道しるべ」』という、初めて知る本もあり大変勉強になりました。
 
 それに、世の中が不景気な際には国が景気対策として財政出動をするべきという、ケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』のような、現在ではもはや当たり前の考えとして社会に浸透しすぎて本が書かれた当時はそれが世界の有り様を変えるほど革新的な理論だったとピンとこなくなった本も多数紹介され、改めて本が持つ世の中を不可逆に変えてしまう可能性を知る機会にもなりました。
 

このような出版当時は衝撃的だったのに、今では当たり前になり過ぎて話題にならなくなった名著だけ紹介するという主旨の本も読んでみたいです

 
 それとは逆に本が世界に与える負の影響で戦慄するのが、元の本に書かれている内容と実際の影響のあまりの乖離ぶりです。
 
 特に『聖書』(基本的にはユダヤ教の聖書とキリスト教の旧約・新約聖書セット)や『コーラン』のような助け合いや慈愛、禁欲を語る本からなぜイスラエルのパレスチナ人虐殺が起こったり、イスラム過激派がテロに走ったり、資本主義が暴走したりといった、おおよそ元の本とはかけ離れたトンデモな事態が発生するのか、読めば読むほど、考えれば考えるほど頭が痛くなります。
 
 大抵の本で共通する問題は、元の本に書かれた地味な内容より、過激で極端な解釈が好まれ、それが蔓延していくことで元の本が訴えているメッセージが軽視されること。これは現在の事実が曲解され拡散されるフェイクニュースの蔓延する世の中とまったく同じ構造で、やはり歴史とは繰り返すものであり、人は大して進歩などしておらず、何度も何度も同じ過ちを定期的に繰り返す愚かな生き物であるという証明でもあると思います。
 

最後に

 
 本が秘める可能性と同時に、それが暴走した際の恐ろしさも知ることができる、池上さんの著作の中で最も完成度が高いと思える一冊でした。
 
 人の英知が凝縮された古典を通じて、人間の賢さと愚かさを同時に突きつけられる示唆に富む内容です。
 
 
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