エンタメ不感症の患部に巻く包帯

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[ドラマ・レビュー]HANNIBAL / ハンニバル シーズン1 〈感想・評価〉

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トレーラー

 
評価:90/100
 

イントロダクション

 
 全13話。ジャンルはグロテスクな要素多めのサイコスリラー(後半はサイコホラー化する)。クリフハンガーは弱めで、コンセプトや映像美、演技を堪能するタイプ。前半は一話完結に近いが、後半に行くにつれ、徐々に形式があやふやになっていく。
 
 イギリスのドラマである刑事ジョン・ルーサーに影響を受けているのか、一話から最終話までが綿密に計算された伏線だらけで、ラストまで見通して初めて作品の意図が理解できるという作り。そのため途中伏線を敷くのを見せられ続けるため、初見はやや退屈に感じる瞬間もある。
 

サイコパスの狂気を視覚化させる耽美主義に徹した映像美

 
 常人よりも想像力と共感力が秀でているせいで、不幸にもサイコパスの殺人美学を理解し、あまつさえ共感さえしてしまえることに苦しみ、精神が不安定なFBIのプロファイラーであるウィル・グレアム(ヒュー・ダンシー)。観察力と分析力に優れた精神科医でありながら、冷徹なサイコパスという二面性を隠し持つハンニバル・レクター博士(マッツ・ミケルセン)。本作の映像から受ける感触は、まるでこの二人の精神世界の色をそのままパレットに絞り出し、混ぜ合わせたかのようです。徹底して管理された美術、衣装、色味の調整、構図選びによって作り出されたレクター博士を思わせる温かみを排した、偶然性など入り込む隙間の無い硬質で人工的な冷たい画面設計。そして、時折見せるウィルの脆い精神の揺さぶりと、自我の崩壊めいた記憶の断裂を表現するかのようなジャンプカット気味の暴力的にすら感じられる編集。この二つの組み合わせは、絶対の監視者であるレクター博士と、精神が常にグラグラガタガタの不安定な弱々しい監視対象であるウィルとの関係性が映像表現そのものに同居しているようで、ゾクゾクさせられました。
 
 本作はシーンとシーンの合間に移動や時間経過表現として建物を定点で撮影した映像が挟まれるのですが、最初はそれをただ単に見流していたのに、途中から何かを定点で観測する・観測されるという関係性がどこかレクター博士とウィルっぽいと錯覚してしまうなど、映像の意味性について色々と妄想が止まらなくなります。
 
 ウィルとレクター博士以外の役者のキャスティングや配し方も隙が無く、誰と誰が画面に映っても何の違和感もないほど画面への納まりがよく、終始映像クオリティが一定以上に保たれ続ける様は見事でした(ごくわずかに撮影や編集に溜めが無く不満に感じる箇所がある程度)。
 
 殺人鬼がアーティストとして、殺人がアートとして描かれるという内容も、美術の作り込みと的確な撮影による映像美に支えられ十全に表現されており、ウィルが非凡ゆえの想像力で殺人鬼に共感してしまうという危うさの映像的説得力が半端ではありません。
 
 ブレイキング・バッドはけれん味重視の奇抜な映像技巧で変化球的にサスペンスを生み出すことに成功していましたが、本作はそれとは違い、ド直球で「これからヘンテコな死体が画面に映ります」と律義に予告して心構えをさせてから、コチラの想像の上を行く代物を見せてくるため、まるで目の前で門外不出の美術品に掛けられた布が今まさに取り払われ、その貴重な唯一無二の姿が露わになる瞬間のような厳かさが画面に宿り、感嘆の溜息を漏らしながらじっと画面に見入ってしまいます。
 

人間の自我の崩壊に巻き込まれる恐怖

 
 主人公であるウィルは殺人鬼に共感してしまう才能を持っているがゆえに、序盤から到底主人公とは思えないほど精神が不安定ですが、中盤くらいまではこの手のジャンルではよくある程度の描写にしか思えず、そこまで深刻な症状には見えません。ですが、序盤にしてしまう物語の進行に影響を及ぼすほどは深刻にはならないであろうという安易な決めつけが完膚なきまでに裏切られる終盤はサイコホラーとしては最上級の恐怖でした。
 
 象徴的なのは一話目で、ウィルとレクター博士が対面しながら食事するシーンなのに、二人を同一のカット内に映さず、あえてカメラの切り返しで会話させるという、映画ではよくある心が通い合っていない者同士の対話シーンの演出だと思って油断していると、突然次のカットでカメラが引いた絵となり、二人が同一カット内に納まっていて、ドキッとさせられる瞬間です。本来演出的に起こらないはずのことが起こってしまうこのシーンの印象が不吉さとしてずっと頭にこびりつき離れなくなりました。
 
 自我の崩壊の下地として、散々プロファイリングでウィルにはそう見えている光景というものを何度もコチラ側に見せることで、ウィルの意識とコチラ側の意識が同期するように仕向けつつ、ウィルとコチラ側の記憶を混濁させるかのようにイメージ(プロファイリングの際の時計の振り子の様な処理と時計の絵、罪人の顔が燃える光景と酸素カプセルの発火、など)を奇妙に反復させることで、巧妙にウィルへの共感を加速させる・・・・・・しかし、物語が終わりに近づくにつれ、ウィルが殺人鬼に共感し、殺人鬼の意識から抜け出せなくなるように、今度はコチラ側がウィルの意識に囚われ抜け出せなくなり、一緒に脆くも崩れ去る自我に巻き込まれるかのような錯覚に陥ってしまい、恐怖を感じました。
 
 劇中展開される精神科医や行動科学の専門家達の二重三重の意味がオブラートに包まれる高度な会話劇のように、映像表現も非常に複雑怪奇な様相を呈し、時には見る者を観察者とさせることで安心させたり、時には客観的に観察していたと思っていたら実は観察対象にされていたりと、映像そのものが牙を剥いてくる瞬間があり、見ていて心が休まる瞬間がありません。
 
 作品そのものが時にはレクター博士であり、時にはウィルにもなるこの構造は悪夢的であると同時に甘い毒のような甘美さも湛え、文句の付け所のない官能的な映像体験を味わわせてくれます。
 

最後に

 
 レクター博士の料理や食事シーンが艶めかしくて素晴らしいとか、モーフィアスの兄貴がたくさん見れて幸せとか、モーフィアスの兄貴最高とか、モーフィアスの兄貴大好きとか、モーフィアスの兄貴フォーエバーとか、他にも言いたいことは多々ありますが、ただ、アメリカドラマ史に燦然と輝く大傑作に出会えた喜びを静かに噛み締めるだけで充分です。
 
 
HANNIBAL/ハンニバル Blu-ray BOX

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